北米

2024.01.11 09:30

米国人が溺愛する、大谷翔平の「憧れない」という決心

Getty Images

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1月5日、大谷翔平が、「令和6年能登半島地震」に所属するロサンゼルス・ドジャースと共同で寄付金100万ドル(約1億4500万円)を贈ることを発表し、大きな話題を呼んでいる。

米国民もこのニュースに「彼はヒーローだ!」と驚愕、感嘆しているが、それにしてもなぜ、彼はここまで米国で愛されるのだろう?

以下、ニューヨーク・ブルックリン在住の作家、新元良一氏にご寄稿いただいた。


ニューヨーク・タイムズ紙は電子版「一面」で

「聞いたかい、700億ドルだよ!」

セキュリティの仕事をする彼は話の途中で、突然そう言った。マンハッタンの勤務先の同僚で、ラテン系の彼は根っからのヤンキーズ・ファンだ。こちらはと言えば、ニューヨークで暮らしはじめた40年前から、贔屓チームは地元のメッツである。そんなふたりがここしばらく、野球のことを語り合うと、決まって出る話題が大谷翔平だった。

いまやメジャー・リーグの顔となった大谷がシーズン終了とともにFAとなり、その移籍先がどこになるのか、巷で様々な憶測が飛びかった。我々の会話でも、「来るならメッツだ」、「ヤンキーズに決まってる」と事情通のように言ってはみるが、入ってくるのは噂の域を出ない。

そこへ昨年12月に入り、大谷がロスアンゼルス・ドジャーズと史上最高額の契約を結んだニュースが流れた。そして、彼の動向を気にかけていた我々の間で飛び出たのが、冒頭の言葉であった。

ひとりの日本人選手が新たな所属チームを決めたニュースは、アメリカ国内の他地域へ駆けぬけたように、大谷にとって新旧の所属チームがある西海岸から大陸横断し、東海岸のここニューヨークへも届いた。我がチームが袖にされたことへの落胆と、途方もない契約金に驚きも合わせて話題がはずむ我々と同様、東海岸の野球好き、スポーツ好きの関心を引き寄せた。

いやおそらく、野球好き、スポーツ好きだけではなかったのだろう。契約発表の翌日、ニューヨーク・タイムズ紙電子版は一面でこのニュースを掲載した。アメリカ社会で熱い話題になった、と言っていいのかもしれない。

巷の話題をさらい、幅広い方面に影響を与え議論をもたらす、そう聞くと、何やら当世流行りのインフルエンサーのようだが、大谷の存在感はそうした人たちとは異なる。本人が自分の影響力をどれほど意識しているか定かでない。だが、世界一の選手になるため野球漬けの日々を送り、自身の技能の向上とチームを勝利に導くことに忙しい彼が、多数の人たちへ影響を与えたいと自発的な発言をする、とは考えにくい。

にもかかわらず、大谷翔平という存在、その言動、その振る舞い、一挙手一投足が注目され、野球というジャンルやスポーツという枠を超え、世代を超え、言語や文化を超えて多大なインパクトを及ぼす。言うまでもなく、彼がこれほど脚光を集めるのは、突出した才能がこの時代の我々を驚かせるからだ。

「対抗できる者などいない」

ニューヨーク・タイムズ・マガジンの10月1日号では、6ページも割いた特集で大谷について取り上げるが、記事のなかで、ミネソタ・ツィンズの監督ロッコ・ボルデリの発言がその秀でた才能を言い当てる。

「投打両面(two-way)の選手育成がもたらす効果がどんなものか、口では語れる。(中略)だが、精神面、肉体面、健康面での彼(筆者註:大谷)の能力は驚異的でしかなく、対抗できる者などいない。ためらわずにそれは言える」

おりしも、メジャー・リーグは変革期を迎えていた。国の娯楽(National Pastime)と呼ばれてきた野球だが、試合のテンポが遅い、退屈だとことにアメリカの若者たちから見られ、三大スポーツの残りのアメリカン・フットボール、バスケットボールに近年人気の点で水をあけられてきた。

ピッチ・クロックの導入、ベースの拡大など、スピーディで、より力強い野球を目指すリーグ機構は、この日本から来た選手が投打で比類なく輝きはじめた同時期に、ナショナル・リーグにも指名打者制導入に舵をきった。彼のファンでなくても、指名打者専門の大谷が長年続いたメジャーのルールを変えた、と見たくなるだろう。

「通訳なしで話せ」とはなんだ!

ルールだけではない。彼の目覚しい活躍は、アメリカの人たちの意識にも大きな変化をもたらした。

大谷が最初にMVPを獲得した2021年のシーズン、前述したように、メディアやファンの間で、彼をメジャー・リーグの新しい“顔”と呼ぶ声が上がった。そこへ水を差したのが、スポーツTV局ESPNの人気コメンテイター、スティーヴン・A・スミスだった。

「(メジャーで)No.1の顔だったら、通訳なしでこの国では話すべき」

いつもの威勢のいい歯に衣着せぬ口調で、TVカメラの前でスミスがそう語ったところ大きな反響を呼び、アジア人蔑視と非難を浴びた。これを受けたスミスはSNSで謝罪のコメントを出し、番組中にも、アジア系スポーツ・ジャーナリストやほかのコメンテイターから、黒人であるスミスの発言がどれほど時代遅れで、倫理的に間違っているかを諭されるという、スポーツと人種差別に関する“お勉強”をさせられる格好となった。

メジャー・リーグで名を成すのに、英語を話すことは絶対条件ではない。野球を含めスポーツとは、言語や文化などの障壁はなく、参加できる権利が平等に誰にでも与えられる。大谷が直接関わったわけではないが、彼を話題の中心に据え議論が展開されたことで、改めてこの認識がたしかめられたと言える。
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文=新元良一 (編集=石井節子)

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