3. 『負けくらべ』志水辰夫
古希という人生の大きな節目に、時代小説の世界へと転じた志水辰夫だが、なんと19年ぶりに、現代冒険小説の世界に帰ってきた。『負けくらべ』(小学館刊)は、ひさびさにあのシミタツ節が堪能できる長編小説だ。介護士の派遣会社を経営し、そのスタッフとして介護のプロフェッショナルの腕を発揮する三谷孝は、ギフテッド(知能の高さや、特定の分野での優れた才能を持つ者)の能力を買われて、内閣調査室に繋がる調査会社の仕事も受託し、初老のIT起業家・大河内牟禮にもその特異な才を見込まれる。
大河内のベンチャー企業は、彼の義母・尾上鈴子が取り仕切る企業グループの傘下にあった。彼は自社のグローバルな発展を望んだが、権力を握り続ける鈴子が立ちはだかっていた。大河内と懇意にするうち、気がつくと主人公は一族の確執のドラマの渦中に身を置くことに。
昭和11年生まれだから、現在作者は86歳のはずだが、その筆の運びに衰えの気配はない。主人公の強靭な姿を鮮明に描き、その生きる力が読者の心を捕らえて離さない。前半は比較的静かで思索的な場面が続くが、やがて「冒険小説」の四文字が嫌でも浮かびあがる劇的な展開が待ち受ける。
主要な登場人物の年齢設定を高めにしてあるのも、意図的なものだろう。介護の現場を描き、認知症などの厳しい現実とも向き合いながらも、主人公はまったく臆さない。時代との齟齬すらも、これまで生きてきたことの証しだと、堂々読者に語りかけてくるかのようだ。齢を重ねた世代に大きな勇気と希望を与えてくれる1冊である。