ダーク・ツーリズムからグルメまで、年末年始に読みたい話題の小説5選

稲垣 伸寿
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2. 『父がしたこと』青山文平

『父がしたこと』青山文平

『父がしたこと』青山文平

これまで、直木三十五賞(『つまをめとらば』)や柴田錬三郎賞(『底惚れ』)をはじめとする名だたる文学賞を受賞してきた青山文平だが、まだ目指すべき文学性の高みが残されていたことを改めて思い知らされるのが、最新刊の『父がしたこと』(KADOKAWA刊)である。

江戸時代後期のある藩でのこと。小納戸頭取で、藩主からの信頼も厚い永井元重は、息子で目付の永井重彰に相談を持ちかける。主君が苦しむ病の治療を、在村医で名医と評判の向坂清庵にまかせたいという。

向坂は永井親子にとっても、重彰の生後間もない愛息の命を救った恩人だった。万一のことが許されない状況下で、親子は細心の注意で事にあたる。しかし事態は、思いもかけなかった方向に向かっていく。

帯に謳う「武士が護るべきは主君か、家族か。」という惹句が、突き刺さる小説だ。個人的な話で恐縮だが、幼き日に偶然観てしまった時代劇映画『大殺陣』(工藤栄一監督、1864年)が強烈なトラウマである。忠義のために事を起こす前夜の一家団欒で、柔和な大阪志朗演じる御家人が修羅と化す。武士の本懐をいきなり突きつけられ、慄然とした記憶がいまも消えない。

主君との主従関係、親子の情愛、他者からの恩義などが絡み合い、難しい選択を迫られる武士の葛藤が濃やかに描かれる本作からも、武士道の本質とそれに寄り添い生きた人々の人生がまざまざと浮かび上がる。

また、西洋医学とのせめぎあいから発展を遂げていく医療の変遷史としても丹念で、実に読み応えある。時代小説をまさに自家薬籠中のものとした青山文学の到達点といっても過言ではないだろう。
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