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リーディングカンパニーとPwCコンサルティング
が語るこれからの経営課題

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「先進的グローバルヘルスケアカンパニー」を目指す第一三共が推進するDX戦略のグランドデザインとは

現在、国内のバイオ・医薬品関連銘柄の時価総額でトップを走っているのが製薬大手の第一三共だ(2023年11月9日時点で約7兆9,283億円)。同社はまた、DX推進においても同業他社に先行している。そこに伴走しているのが、PwCコンサルティングである。

第一三共からは代表取締役社長兼COO社長執行役員の奥澤宏幸、取締役専務執行役員ヘッド オブ グローバルDX・Chief Digital Transformation Officer(CDXO)の大槻昌彦、グローバルDX DX企画部長の上杉康夫、PwCコンサルティングからは上席執行役員 パートナーのヴィリヤブパ・プルック(エディ)、ディレクターの高橋啓がセッションに参加。エディと高橋の2人が第一三共の熱い想いを聞いた。

2030年、
先進的グローバルヘルスケアカンパニーへ

奥澤 宏幸(以下、奥澤):第一三共は、来たる2025年にありたい姿を「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」と定めています。この2025年度目標を実現して、2030年ビジョン「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」の達成に向けた成長ステージへと着実に移行するべく策定したのが、第5期中期経営計画(21~25年度)となります。この現在進行中の中期経営計画では、戦略的に重要な取り組みとして「4つの戦略の柱」を挙げています。「3ADC最大化の実現」「既存事業・製品の利益成長」「さらなる成長の柱の見極めと構築」「ステークホルダーとの価値共創」です。これらの柱を支えていく基盤として、私たちは「DX推進によるデータ駆動型経営の実現と先進デジタル技術による全社の改革」と「新たなグローバルマネジメント体制による迅速な意思決定の実現」に邁進しています。

ヴィリヤブパ・プルック(以下、エディ):第一三共がグローバルで展開している主力製品は、抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)ですね。低分子薬とバイオ薬を結合させる抗体薬物複合体(ADC)の抗がん剤であり、このADCに関する高い化学合成技術が現在の第一三共の大きな強みとなっています。まさに、「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」という2025年ビジョンがしっかりと具現化されている状況です。

奥澤:当社の抗がん剤には自社の研究所で生まれたADC技術を用いています。この当社独自の技術をはじめて搭載して20年に実用化した抗がん剤は、当初の想定を上回る速度で世界各国の患者さんに受け入れられてきました。本年10月31日に発表した23年度業績予想では、売上収益を4月公表の当初予想に比べて1,000億円増の1兆5,500億円へと上方修正しました。売上収益の修正は、為替の影響と同抗がん剤を中心とした売上の増大によるものです。第一三共のADC技術は複数の製品に応用可能であり、現在では5つのパイプラインの開発が進められています。そのため、第5期中期経営計画は順調に進捗しており、25年度の売上収益目標も当初の1兆6,000億円から4,000億円ほども上回る2兆円が見込める状況になってきました。

高橋 啓(以下、高橋):25年度の目標達成が見えてきたところで、2030年ビジョンに向けて強化している戦略的な取り組みについてもお話しいただけますでしょうか。

(左)ヴィリヤブパ プルック PwCコンサルティング 上席執行役員 パートナー、(右)高橋 啓 PwCコンサルティング ディレクター

(左)ヴィリヤブパ プルック PwCコンサルティング 上席執行役員 パートナー、(右)高橋 啓 PwCコンサルティング ディレクター

奥澤:私たちは現在、多様なデータや先進技術を活用し、一人ひとりに寄り添った最適な健康・医療サービスを提供する新ビジネスモデル「Healthcare as a Service(HaaS)」の実現に取り組んでいます。病気の治療という側面だけでなく、周辺症状や生活の質における悩みは多く、それらに対応することが急務です。2030年には「HaaS」の時代が到来しているでしょう。「HaaS」の実現に向けて、第一三共は健康・医療領域の企業・団体やデータプロバイダー・IT企業などと連携しながら、健康促進~予防~治療~予後ケアに亘り協業する場であるトータルケアエコシステムおよび個人に紐づくさまざまな健康・医療領域データを連携させ、データの流通・活用を可能にするトータルケアプラットフォームの構築をリードする役割を担いたいと考えています。

エディ:その「当社独自のADC技術の創出」や「HaaS」に代表されるイノベーションの土壌づくりとして、社内で大切にされているのはどのようなことでしょうか。

奥澤:そのひとつとして重要なのが、「One DS Cultureの浸透」です。「One DS Culture」とは、第一三共の社員一人ひとりがさまざまな課題を乗り越えながら、いきいきと働くことができる企業文化のことを指しています。また、社員一人ひとりがオーナーシップをもって進めていく企業文化醸成の取り組みの名称でもあります。私たちは「One DS Culture」を醸成する土台として、3つの行動様式「Core Behavior」を定義しています。

第一三共では、さまざまな戦略の実現を担う「人的資本」を最も重要なアセット(財産)と位置づけています。当社独自のADC技術に代表される「Science & Technology」という強み、そして財産としての「人的資本」。この2つこそ、第一三共が世界のメガファーマと伍してグローバルな存在感を示していくためのユニークネスなのです。23年4月からは日米欧のコーポレート機能を統括するグローバルヘッド体制が稼働しています。バリューチェーンをグローバルに展開しながら、「Science & Technology」をもとにカルチャーとオペレーションモデルを強化し、国内外の優秀な人材が働き続けたいと思える会社にしていきます。

「Science & Technology」は紛れもなく、第一三共の強みの源泉です。当社の源流となる旧社の時代から100年以上にわたり、私たちは「サイエンス」の力を社会に貢献する価値へと変えてきました。「サイエンス」は私たちの希望であると同時に、これを高め、研ぎ澄まして製品の価値へと変えることで、薬を待つ1人でも多くの患者さんにとっての希望となればと、強く念願しております。今、CMなどで第一三共が掲げている「サイエンス。それは、希望。」という言葉には、こうした思いを込めています。

多様性と柔軟性に富んだ組織で
グローバルにDXを推進

高橋:これから先、第一三共の強みを生かし、戦略の実現に向けて、One DS Cultureの浸透とグローバルレベルでのオペレーションモデルの構築が必須となりますね。そこで、現在進行中の「プロジェクト4D(Daiichi sankyo Data-Driven Decision Making)」についても、その概要を教えてください。

奥澤:「プロジェクト4D」は、グローバルに迅速かつ的確な意思決定を行うデータ駆動型経営を実現するために発足しました。グローバルでのビジネスプロセスから生み出されるデータの標準化により、グローバルの経営情報統合に向けた活動を進めています。グローバルレベルでタイムリーに経営情報を可視化するべく、統合データ分析基盤「Integrated Data Analytics Platform(IDAP)」を活用しているところです。IDAPは社内外のあらゆるデータを一元化し、用途に応じて加工し、解析システムを用いてアウトプットする仕組みとして稼働しています。

高橋:各種のオペレーション統一と同時に、さらなる価値創造に向けて品質および効率化の向上を実現することが、本質的な競争力を生み出すオペレーティングモデル創出の本道であると私は考えています。その本道を進むにあたって重要な役割を果たすのがDXだと認識しているのですが、ここで第一三共におけるDX戦略の起こりについて、あらためてお聞かせください。

大槻 昌彦(以下、大槻):冒頭で奥澤が申し上げた「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」を目指すという「2030年ビジョン」の実現をデジタルテクノロジーで支えるべく、20年度にDX推進ユニットが立ち上がっています。最初に行ったのが、「先進的グローバルヘルスケアカンパニーとして、データとデジタル技術を駆使してヘルスケア革命に貢献する」という2030DXビジョンの策定です。このDX推進ユニットは23年4月に「グローバルDX」へと改称し、現在はグローバル運営を加速させています。

高橋:第一三共においてグローバルでDXを推進していく組織の特徴は、どのようなところにあるのでしょうか。

大槻:DXの両輪と言える「データ部門」と「IT部門」の両方を傘下に抱えているところではないでしょうか。また、アメリカやヨーロッパのIT組織もダイレクトレポートとして傘下に有しているのも特徴かと思います。23年4月からサイバーセキュリティに関する機能も他組織から移行され、HaaSについてはDX企画部内のグループとして活動してきましたが、23年4月から機能拡充してHaaS企画部としてグローバルDX傘下に組織を独立させました。第一三共にとっては「新規事業」ともいえる機能を傘下に持っております。同業他社を見わたしても、このような体制は珍しいのではないかと思っています。また、組織にいる人材については「もともとのIT組織由来のプロフェッショナルやデータを専門に扱っていたメンバー」「社内の各業務組織からの転入者」「外部からのキャリア採用者」のそれぞれが同じくらいの割合で存在しており、DXの推進に必要な多様性と柔軟性に富んだ組織づくりができていると自負しています。

エディ:「グローバルDX」のヘッドとして、さらにはChief Digital Transformation Officer(CDXO)として、大槻さんご自身は、どのようなポリシーを大切にされているのでしょうか。

大槻:そうですね。私のタイトル(肩書き)が「CDXO」となっておりますが、本質は「デジタルはあくまでもツールであり、そのツールによってトランスフォーメーションを成し遂げなくてはならない」ということだと思っております。現在、第一三共では社内向けのDX施策を「ABCDX」として発信しています。AXは「Activity Transformation」であり、日常の業務活動を変革すること。BXは「Buisiness Process Transformation」であり、創薬/開発/生産/営業といったバリューチェーン全体のプロセスを変革すること。CXは「Culture Transformation」であり、One DS Cultureにもつながるカルチャーを変革すること。A、B、Cは互いに関連しますが、これらを三位一体で推進することで、第一三共(D)をトランスフォーム(X)していきましょうというものです。第一三共をトランスフォームしていくのが、DXである。そのことを片時も忘れないでいたいと思います。

アカウンタブル・マインドセットで
未来を変革する

エディ:それでは、グローバルDX DX企画部長として変革を現場で指揮されている上杉さんにお聞きします。さまざまな取り組みを推進していくにあたり、どのようなポイントを重視されているのでしょうか。

上杉 康夫(以下、上杉):多様なデータを活用していくために、組織や育成も含めたシステムを日々、アップデートしてきました。デジタルを活用した変革の風土を醸成すること、そしてDXの推進を担っていく人材の意識や知識、スキルを上げていくこと。これらがポイントではないかと考えています。例えば、DXに関する各テーマを深掘りした社内セミナーを月次で開催しています。セミナーの講師は社員のみならず、著名な先生にご登壇いただくケースもあり、受講者が2,000人を超える回もありました。生成AIやメタバースを実際に体験したうえでアイデアを出していくワークショップを実施し、参加した社員に存分に議論してもらうなど、聴講するだけではないプログラムも用意しています。また昨今の情報・サイバーセキュリティインシデントなどに迅速に対応すべく、社長を含めた役員向けのセキュリティ研修も行っています。このようなセミナーやワークショップの開催については、PwCからノウハウを提供していただくといったお力添えがあって進められています。

(左)大槻昌彦 第一三共 取締役専務執行役員ヘッド オブ グローバルDX・Chief Digital Transformation Officer(CDXO)(中)奥澤宏幸 第一三共 代表取締役社長兼COO社長執行役員(右)上杉康夫 第一三共 グローバルDX DX企画部長

(左)大槻昌彦 第一三共 取締役専務執行役員ヘッド オブ グローバルDX・Chief Digital Transformation Officer(CDXO)(中)奥澤宏幸 第一三共 代表取締役社長兼COO社長執行役員(右)上杉康夫 第一三共 グローバルDX DX企画部長

エディ:第一三共では、これまでにトップマネジメントがDX推進への想いを強く発信されてきたのが功を奏して、組織のミドルレイヤーも現場もDXに対するパッションをもって動いている印象です。

高橋:DXは現場に浸透し、現場が改革されて、はじめて意味を為します。第一三共はトップマネジメントの指揮のもと、現場をしっかりと巻き込みながら、スピーディーに改革を進めていると感じます。

奥澤:繰り返しになりますが、私が社長として第一に優先しているのは「人」です。世界中から集まった多様性に富んだ人材が「One DS Culture」のもとで互いに信頼し、成長できる強い組織を目指しています。そのために私は現在、社内外のステークホルダーとの対話に、もてる時間とパワーを最大限に費やしています。「社長キャラバン」もその一環で、23年度は日本全国のすべての事業所を周り、会社の目標と私の考えを伝え、従業員と直に闊達な対話や議論を行っています。従業員を対話や議論に巻き込むことにより、「会社の問題や目標」であったものが「自分の問題や目標」としてリアルに立ち上がってくるのです。私はこれを「アカウンタブル・マインドセット(現状を打破して求める結果を得るためには、自分も問題のひとつであるとのマインドセットをもつこと)」と呼んでいます。このマインドセットが強固なエンゲージメントを生み出し、強い組織をつくると、私は信じています。24年以降は、世界のグループ会社を周る予定です。

大槻:最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。生き残るのは変化に対応できる者である――。ダーウィンが語ったとされる言葉が思い出されます。環境が変化すると、どれほど強くても、どれほど賢くても生き延びられない。その変化に対応しなければならない。やはり、しっかりとトランスフォームしていくことが必要だと思っています。

上杉:社内外のあらゆるステークホルダーに対して、「第一三共はDX推進による変革が2030年ビジョンの実現に貢献している」としっかり感じていただけるように取り組んでいきたいと考えています。社員には、DXに単に参画するのではなく、その担い手として牽引するという想いで取り組んでほしいです。一人ひとりの想いの積み重ねが「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」の実現につながると信じています。

奥澤 宏幸(おくざわ・ひろゆき)
第一三共 代表取締役社長兼COO社長執行役員。1986年、一橋大学社会学部を卒業後、旧三共に入社。ドイツに延べ8年間駐在し、アジア、中南米事業の責任者を務めるなどグローバルでの経験も豊富。2021年4月に常務執行役員経営企画・管理本部長 CFO、同6月に取締役常務執行役員経営企画・管理本部長 CFO、22年に取締役専務執行役員経営企画・管理本部長 CFOへの就任を経て、23年4月から現職。

大槻 昌彦(おおつき・まさひこ)
第一三共 取締役専務執行役員ヘッド オブ グローバルDX・Chief Digital Transformation Officer(CDXO)。1987年、東京大学大学院薬学系博士課程を修了後、旧三共に入社。研究所勤務の後、アメリカ子会社出向、経営戦略、研究開発企画部長、研究統括部長、事業開発部長を歴任。2020年4月に専務執行役員DX推進本部長、同6月に取締役専務執行役員DX推進本部長 CIO(Chief Information Officer)への就任を経て、23年から現職。

上杉 康夫(うえすぎ・やすお)
第一三共 グローバルDX DX企画部長。1991年、旧第一製薬に入社。研究所にて医薬品候補化合物の非臨床安全性研究に従事。2002年から労組役員。08年以降、本社にて経営管理部、人事部、総務・調達部、IT企画部を経て、20年から現職。「データとデジタル技術を駆使したグローバルファーマイノベーターの実現」を目指し、活動している。

ヴィリヤブパ・プルック(エディ)
PwCコンサルティング 上席執行役員パートナー。専門分野は医療・ライフサイエンス、トランスフォーメーション戦略、チェンジマネジメント、テクノロジー。20年 以上にわたってコンサルティングファームや製薬会社においてグローバルな組織リードを経験。組織戦略、IT/デジタルトランスフォーメーション、患者サポートプログラム、海外事業展開、新規事業立上げに関する経験と知見を豊富に有する。

高橋 啓(たかはし・けい)
PwCコンサルティング ディレクター。戦略コンサルティングファーム出身。国内大手製薬会社のアカウントリードを担い、DXを起点としたグローバルレベルでの全社変革に向けた戦略策定から実行支援までのリーダーを務める。また、企業のヘルスケア領域への参入を業界横断的に支援するヘルスケア参入支援(Healthcare entrants initiative)の立ち上げリーダーでもあり、さまざまな業種からの新規参入や事業拡大を検討している企業を支援。

Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Kiyoto Kuniryophotographs by Shuji Gotoedited by Akio Takashiro

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PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。