「日本中の大企業を変え、社内起業家を創出する」と6年前に立ち上がったアルファドライブは、新規事業創出から事業成長までをワンストップで支援してきた。その数、大手上場企業を中心に128社。企業内新規事業のアイデア数は累計1万8,752件、そのうち事業化・会社化された件数は139件を超える。
自動車、IT、インフラ、製薬など、「やっていない産業はない」と言い切る麻生要一には、この5年で確信したことがある。「普通のビジネスパーソンは、誰でも例外なく、新規事業ができる」ということだ。
「どんなカルチャーの大企業でも、再現性をもって新規事業を生み出せますし、人材を変えることができます。仕組みさえあれば、どんな職種のどんな年次の人でも、連続的な事業創出ができるんです」
新規事業創出は、日本企業が長く苦手としてきた領域だった。しかし、ヒット商品、サービスの寿命は、年々短くなっている。
「いまや8~9割の商品が2年未満で賞味期限切れになっている。30年前は、10年に1本のヒットがその後何年もの利益を生んでいましたが、いまの企業は日常的にアイデアを生み出し続けなければ生き残れません。
それなのに、新規事業開発という仕事には、ほかのどの職種にもある“一人前になるための業務プロセス”が細分化されていません。
例えば営業部に配属された新人に、『今月中に大型案件を受注してこい』とは言いませんよね。名刺交換の仕方からアポの取り方、先輩同行と、やるべきことを一つひとつ重ねていくでしょう。では新規事業はどうかといえば、配属初日から『アイデアを出せ』『それは売り上げになるのか』と問われるような事態が、日常に起こっています。
やったこともない新規事業開発で、いきなり売り上げを見込めるアイデアなんて出せるわけがない。僕らは、新規事業もほかの職種と同じようにとらえ、必要な業務プロセスを事細かに分解して手順を標準化した、日本で初めての会社なんです」
変革に向き合い、
アイデアが生まれる土壌をつくる
手順の標準化の土台には、麻生がリクルートで新規事業開発室長を務めた経験がある。株式上場後の2015年から3年間で、創出した新規事業は1,500件。上場基準を維持すべく社内ルールが厳しくなるなか、メンバーたちは非連続的にイノベーションを生み出していった。その成功体験が、仕組みがあれば、どの大企業でもできるはずだという思いにつながったという。新規事業創出の手法には、シリコンバレーから世界に広がった「リーンスタートアップ」がある。低コスト・短期間でつくった製品を、ユーザーレビューを得ながら改善していくやり方だ。麻生もその手法を学び、リクルートで取り入れようと考えた。しかし、それはリスクを恐れないスタートアップだからできること。大企業には、大企業ならではのしがらみや制限を前提とした新しい仕組みが必要だった。
「シリコンバレーで起業家がやっていることを、普通のビジネスパーソンでもできるようにするにはどうしたらいいのか。リクルートで、あらゆる社内チェックをかいくぐって新規事業創出をし続けた経験が、アルファドライブの総合的な支援の仕組みを生み出すことにつながりました」
アルファドライブの支援の最大の特徴は、新規事業を提案する起案者の能力開発を手がける一方で、提案を受け取る企業側に向き合い、制度設計や社風醸成などの抜本的な見直しに着手しているところだ。
「会社が変わらなければ、そこで働くメンバーがいくら素晴らしいアイデアを発案しても新規事業は生まれません。『人事異動は無理』『投資できない』『社内競合になる』などと却下される環境では、社内からイノベーションを生み出そうという機運は一向に高まらないでしょう。
そこで僕らは、新規提案の風土づくりから、新規事業の立ち上げ、既存事業並みに拡大・成長させるフェーズまで企業の変革段階を5つに分け、それぞれで行うべき人と組織変革のアプローチや制度設計、社外ノウハウの活用など総合的に向き合う仕組みをつくり上げました。5年の実績を重ね、いまは、産業の違いにフィットさせ、各社向けにカスタマイズした変革のケーススタディをすべてもち合わせています」
こうしたサポートを受け、新規事業重視の傾向が加速した企業では、「うちの社員がこんな面白い提案をしてきた!」と驚く経営陣の声が年々増えているという。
麻生自身は起業家であり、ベンチャーキャピタリストでもある。スタートアップ産業で日本を盛り上げたいと活動を続けながらも、「社内起業家」に熱を入れるのはなぜなのか。背景には、「日本はスタートアップ産業だけでは片手落ち」という確固たる思いがある。
「政府はスタートアップへの投資額を2027年度までに10兆円規模に引き上げると発表しています。いまだかつてない起業家礼賛の時代に突入しているにもかかわらず、会社員を辞めて起業家になろうという人はなかなか増えません。国内に約368万社の会社があるなかで、資金調達しているスタートアップは、その0.1%にも満たないといわれています。日本経済の活性のためには、スタートアップ産業を盛り上げることと並行して、大企業が大企業のままスタートアップ化していくことを両輪でやっていかなければなりません」
企業の仕組みを変え、そのなかで働く人の気持ちを変え、新規事業の機運をつくっていかなければ社会は変わらない。そのためにアルファドライブでは、社内起業家の存在を世に発信するためのメディアを立ち上げ、コンテンツプロデュース部門も強化している。事業づくりの根本にあるのは、「日本で働くすべての人の気持ちを変えたい」という思いだ。
「これまでは、新規事業を子会社化してかたちにするところまでを手がけてきました。これからは、そのビジネスをアクセラレートし、10年後の企業価値をどう高めるかまで戦略提案するコンサルティング部門の立ち上げも必要になるでしょう。
マーケティングや営業、カスタマーサクセス、特許、知財、さらにはクリエイティブまで、各社に必要な機能提供をしていくスペシャリスト集団として、包括的に事業創造、成長支援を続けていきたい。業界特化や領域特化のなんらかの強みをもった人材であれば、非常に面白い挑戦ができると思っています」
2023年度、「人の可能性をひらく」を新たなパーパスに策定した。「人の可能性に向き合い、その結果として生まれた事業がまた人の可能性をひらいていく」―麻生が、創業時から感じてきた思いだ。重心に「人」があるという答えが、これからも同社を進化させていくのだろう。
AlphaDrive
https://alphadrive.co.jp/
あそう・よういち◎アルファドライブ 代表取締役社長兼CEO/NewsPicks for Business
代表取締役。東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。IT事業子会社を立ち上げ、150人規模まで拡大。ヘッドクオーターではインキュベーション部門を統括。Recruit VenturesおよびTECH LAB PAAKを創設。1,500の社内プロジェクトと300社のスタートアップの支援経験をもち、2018年にアルファドライブを設立。UB VENTURESのベンチャー・パートナーに就任し、ベンチャーキャピタリスト業を開始。著書に『新規事業の実践論』。