「偉大な企業」のすべてを知り尽くしている専門家といえば、この人、ジム・コリンズ(65)だ。日本でも長く読み継がれている『ビジョナリー・カンパニー』シリーズ(日経BP)の著者である。
目下、7年の研究を基に次作を執筆中だが、全著作のなかで「最大の大作」になるという。テーマは、ずばり「ビジョナリーな人生」。研究対象を企業から、傑出した人物にシフトさせた。「新シリーズが始まるかもしれない」と、彼は声を弾ませる。
生涯を通して執筆し続けたピーター・ドラッカーを自らになぞらえ、「65歳は、まだキャリア中盤だ」と、未来を見据える。永続する偉大な企業さながらに、コリンズ自身の「地図」にも終点はない。
2時間近くに及ぶ取材のなかで共著者への感謝をたびたび口にし、功績を共有する姿に、ビジョナリー・リーダーにも共通する「謙虚さ」を見た。
英文の書き起こしが70ページに及ぶロングインタビューのすべてを8000字で表すことは不可能だが、偉大な企業の神髄と次作の先取り情報、そして、コリンズの人生を紙幅の許す限り届けたい。
──まず、企業を取り巻く現在の潮流をどうみますか。ステークホルダー資本主義や、企業の存在理由を問うパーパス経営が脚光を浴びています。
ジム・コリンズ(以下、コリンズ):『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』(日経BP、山岡洋一訳)を書いてから30年余りがたつ。研究上のメンターだったジェリー・ポラスとの共著だが、私たちの研究は現在の潮流を先取りしていた。
株主の富や利益の最大化だけではなく、もっと広義に企業をとらえるべきだと提案したジェリーは、実に「ビジョナリー」だった。
私たちの研究で明らかになったのは、永続する偉大な企業、つまり「ビジョナリー・カンパニー」は、お金儲けを超越した会社の存在理由を見いだし、広範な責任を担うという考え方を信奉していることだ。利益の最大化を超えた、より明確なビジョンをもった企業のほうが長期的に成功する。世界の潮流が私たちの研究に追いついたのはうれしい限りだ。
だが、ひと言「警告」を発したい。ビジョナリー・カンパニーは世間のトレンドに感化されて動くのではない、という点だ。創業者が人間として、自らパーパス(存在意義・目的)と広範な責任を問う強い意識をもち、それを示すべく会社をつくる。
『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』で取り上げたソニーの共同創業者、井深大(まさる)が好例だ。戦後すぐに同社(当時は「東京通信工業」)を設立した井深は炊飯器の試作品に失敗。まだ会社を存続させようとしていた段階だったが、「設立趣意書」(1946年1月)を起草し、自らの信念に突き動かされ、目指すべき会社の姿を謳った。
私が考える「偉大な企業」の定義
──あなたが考える「偉大な企業」と現在の潮流には違いがありますか。コリンズ:偉大な企業は、自らを単なるお金儲けや経済上の存在としてとらえていない。
企業にとってお金は、血液や酸素、水のように不可欠なものだ。しかし、「人生の醍醐味」が食事や呼吸ではなく、何かを成し遂げ、社会に貢献することにあるのと同様、企業の存在理由も、世界をより良く変えていくことにある。それが極上の「卓越性」であり、企業の美徳は「本質的な善」にある。