国内

2023.12.10 10:00

狂気の「ピアノ殺人」はなぜ起きたか 半世紀後、精神鑑定した医師が記す

督 あかり

『狂気 ピアノ殺人事件』(上前淳一郎著、文春文庫)と中田鑑定の載る『日本の精神鑑定 重要事件25の鑑定書と解説1936-1994』(みすず書房)

このところ「音」をめぐるトラブルが続く。前回は私の地元で起きたストリートピアノを巡る休止騒動や、音楽サークルの音がうるさいと起きた公民館刺傷事件を取り上げ、騒音問題について考えた。その背景には、半世紀前に社会を震撼させたピアノ殺人事件の精神鑑定を私が改めて行った経緯がある。

私は以前、滋賀県で起きた湖東記念病院事件で西山美香受刑者(当時)に獄中鑑定をし、発達障害・軽度知的障害などと診断して、この冤罪事件に一役買った経験がある。それもあって2年半前、ピアノ殺人事件について、ある団体から私に打診があった。
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ストリートピアノに、公民館殺傷事件。「音」のトラブルに思うこと

前回に述べた通り、被告人Aは裁判が確定して死刑囚となっても刑が執行されないまま半世紀が過ぎ、重大な人権問題が放置されている。ついては改めて、裁判記録など検証のうえ精神鑑定をし直してほしいという依頼だった。

しかしAはすでに90歳代の高齢だったことなどから、直接本人に獄中鑑定することはかなわなかった。

精神鑑定3つのポイントと結論

ピアノ殺人事件は、もちろん知っていた。新聞記者になる前の1982(昭和57)年、大学の法学部に通っていたころ買い求めた本が『狂気 ピアノ殺人事件』(文春文庫)。ノンフィクションライター上前淳一郎氏の手による作で、読み物として一級品だった。

あの事件の真の姿に迫りたい。──その一念で、精神鑑定を引き受けた。それは、かつてジャーナリズムの末席にいた精神科専門医としての、私の矜持でもあった。

膨大な当時の記録を読み込み、中田教授らの鑑定と一審鑑定を比較した。結論は確信を持って出せた。事の性質上、プライバシーに留意する必要はあるが、公的な話題であり中田鑑定が公表されていることから、私の作成した鑑定意見書の要旨を記すことは許されると考える。

鑑定事項は以下の3点 
1 事件のときAに精神障害はあったか。あったとしたらその程度
2 犯行当時にAの精神障害があった場合、事件に及ぼした影響の仕方
3 Aの控訴取り下げのときの精神障害の有無と状況

私の結論は以下の通り。
1 Aは犯行当時、「妄想性障害」にかかっていて、程度は統合失調症と同程度に重かった。
2 Aは犯行当時、1の主症状である妄想の影響下にあり、「事理弁識能力*」を完全に失っていた。(*自分が行った行為の結果、何らかの法的責任が生じることを認識できる能力)
3 控訴取り下げの時、Aは犯行当時同様に、「事理弁識能力」を失っていた

つまり、結論は中田鑑定と同じということになる。ただし違いが一点あり、そこが大事なので示しておく。
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文=小出将則

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