アジア

2023.12.06

活気はどこへ消えた? 中国、失われた時代到来か

天津から北京に向かう夜の高速道路は、北京に入るあたりで突然の大渋滞に遭遇した。検問である。

私が同乗するセダンの順番が来た。パスポートの提示を求められる。途端に警官の表情が厳しくなる。セダンは検問所の横まで誘導され、私は事務所に連れていかれた。警官がパスポートを凝視しながら、北京滞在の目的、滞在場所、滞在日数を尋ねてくる。カメラの前に立たされながら、日本のビジネスマンが正式に逮捕されたとのニュースが頭をよぎる。

聴取が終わると、警官は表情を和らげてパスポートを返しながら呟いた。「任務なんでね。良い旅を!」

11時過ぎにホテルに着くとドッと疲れが出る。ふと窓外を見上げると下弦の月が煌煌と輝いている。星も瞬く。こんな澄んだ北京の空は何十年ぶりだろうか。

翌朝はもっと驚いた。空は青々と高く、木々の植え込みでは小鳥たちがさえずっている。コロナ禍の余波なのか、生産活動が低調なのか、環境対策が進展しているのか。恐らくそのすべてが要因なのだろう。

ハードスケジュールが一段落して「白雲観」を訪ねた。唐代にルーツをもつ道教の本山のひとつである。都会のなかとは思えない静寂に包まれる広大な名刹だ。薄茶色の長い線香の束を携えた若者が多い。特に女性が目につく。伽藍で道教の聖人像に向かって叩頭する姿は真剣そのもの、物見遊山の気分が引き締まる。参拝を終えた彼女たちは、道士にスマホを差し出す。占いのアプリを操作しながらご託宣を垂れる道士を、食い入るように見つめる。

連れの中国人実業家がため息をつく。「今の若者は可哀想だ。大学を出ても4割は職にありつけない。コロナ以来、経済の元気が失われているし、親たちは不動産で傷つき、挙句、家族不和になっているケースも耳にする。メンタルをやられている人も多い」。未来ある青年たちも神様に頼るしかない心境なのか。

王府井を行き交う人の群れは相変わらずで、交通量も多い。一見すると空気がきれいになったこと以外はコロナ前と変わらない印象ではある。だが、飲食店の店仕舞いは早く、料理や酒の品数が少なくなったような気がする。数年前までの自信満々の雰囲気とはどこかが違う。
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文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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