ロシアの占領下にあるウクライナ南部クリミア半島のセバストポリ港で、ロシア海軍が特別に訓練したイルカを飼育していた囲いも、この暴風雨の影響で壊れた。ジャーナリストでオープンソース・インテリジェンス(OSINT)アナリストのH・I・サットンは、衛星画像の分析によってこの損壊をいち早く確認したひとりだ。
イルカたちは逃げたのかもしれないし、逃げなかったのかもしれない。確実に言えるのは、囲いが無傷ではなかったということだ。「イルカの囲いはなくなったと100%確信している」とサットンは断言している。
「さようなら、今まで魚をありがとう」。故ダグラス・アダムスのSF小説のように、イルカたちはそう言い残して去ったのだろうか。そうかもしれない。
イルカやクジラの訓練は、世界の比較的大規模な海軍の多くが行っている。海底からの物品の回収、機雷の探知、敵の潜水員からの艦艇の防御など、海軍の特殊な任務に従事させるためだ。
ロシア海軍が軍事利用している鯨類には、暖かい海域に生息するバンドウイルカや、冷たい海域に暮らすベルーガ(シロイルカ)などが含まれる。2019年には「サンクトペテルブルクの備品」と書かれたハーネスを装着したベルーガが、その種の通常の生息地である北極圏から遠く離れたノルウェーの海域に現れた。ロシアにある囲いから逃げ出したとみられている。
ノルウェーの生物学者たちはこのベルーガを「フバルジミール(Hvaldimir)」と名づけ、以来、追跡を続けている。フバルジミールはノルウェーから南、スウェーデンの方向に泳いでいるという。「ほかのベルーガを探しているのかもしれません」と、このベルーガを保護している団体OneWhale(ワンホエール)の海洋生物学者、セバスチャン・ストランドはガーディアン紙に語っている。悲劇的だが、フバルジミールは仲間に会うためには間違った方向に泳いでいるということになる。
ロシアの黒海艦隊は2018年に初めて、バンドウイルカをセバストポリに配備した。ウクライナの破壊工作員に対する防衛が目的とみられる。ロシアは2014年にウクライナに対する戦争を開始し、2022年2月にそれを拡大した。以後、1年9カ月の間に、ウクライナ軍はセバストポリのロシア軍艦艇を繰り返し攻撃してきたが、これまで潜水員の関与は明らかになっていない。水中兵器の使用も確認されていない。
たしかに、ウクライナ海軍は港湾の襲撃用に、爆薬を搭載したロボット型ミニ潜水艇を開発している。だが、これまでウクライナ軍がクリミア周辺の海上拒否作戦で用いてきたのは、空中または水上ドローン(無人機)、長距離ロケット、あるいは巡航ミサイルだった。
もし、セバストポリのイルカたちが実際に逃げ出していて、戻ってこなくても、彼らは新しいすみかでうまくやっていけるかもしれない。黒海にはバンドウイルカの亜種など他の鯨類が生息している。
だが、ロシアが起こした戦争は黒海在来のイルカにとっても残酷なものになっている。2022年以前、黒海にはネズミイルカなどのイルカがおよそ40万頭生息していたとされるが、戦争にともなう爆発や汚染、大音量のアクティブソナーの乱用によって被害を受けている。この戦争の影響で数百頭、もしかすると数千頭もの健康だったはずの鯨類が死んだと報じられている。
(forbes.com 原文)