食&酒

2023.12.02 14:00

京大生がアルバイトをやめない理由

6年間アルバイトが続く店

京都市の神宮丸田町に「からす」というお好み焼きのお店がある。ご夫婦で経営されており、月に1、2回は顔を出しているのだが、この店は料金が安いうえに、自由度が非常に高い。僕が必ず頼む「ばりばりチーズせんべい」はなんと300円。飲み物は赤ワインをもち込んでいるのだが、どんなに言っても持ち込み料を受け取らない。「マルシン飯店」で買った餃子を焼いてもらったり、花山椒を持参して焼きそばをつくってもらったこともある。

だが、店の最大の魅力はなんといっても「働く人」の感じの良さ。店主であるご主人は無論のこと、アルバイトは全員、京大の医学部生で、みんな礼儀正しく、コテさばきが素晴らしい。というのも、驚異的なことにほとんどが1年生のときに入って、6年生までいるのだ。アルバイト代はそう高いわけではないだろうから、働きがいがあるんだろうなと想像している。

先日はこんなことがあった。いかにも新しく京大に入学したような男の子と、東京在住のお父さんがふたりで来店。そのお父さんがちょっと鼻高々で、アルバイトの子たちに「あれ、取って」「ビールもう一杯ちょうだい」と言うのだ。

そこで店主がお好み焼きをつくりながら言った。「息子さん、京大に入られたんですか?」「そうなんだよ」「おめでとうございます。何学部ですか?」「経済だよ」「うちのアルバイトの子たちも全員京大生なんですよ」「そうなの?君、学部どこ?」「医学部です」「君は?」「医学部です」。そうして店主が締めの一言。「うちは全員医学部なんです」。お父さんは青白み、「あの......、すいません、もう一杯ビールいただいてもいいですか?」と丁寧語になった。ちょっと痛快だった。

働くことは、ただ金銭を求めるだけではなく、“生きがい”を構成するひとつの要素だと思う。どんなに幸せなことがプライベートでたくさんあっても、仕事のそれというのはまた違う。自分の仕事が世の中で役に立っている、誰かを幸せにしているという手応えは、やはり人生の生きがいにつながっていくのではないか。そんなことをずっと考えている。

今月の一皿

筆者が京都でいまいちばん通う店「からす」に思いを馳せて、お好み焼きと赤ワインで一杯のイメージ。

Blank
都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年12月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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