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2023.11.30 11:30

犯罪小説の名手・呉勝浩が描く血の繋がらぬ姉弟をめぐる家族の絆の物語『Q』

「キュウ(Q)」が意味するものは

これまでも作者は、犯罪小説という弾丸でこの国の現実を次々狙い撃ちにしてきた。この姉妹の共犯関係は、650ページを超える圧倒的なボリュームを誇る本作においても、読者を導く補助線となり、リーダビリティを加速させていく。

しかし、掛け替えのない存在という点は同じでも、ハチとロクとでは弟との距離感も違えば、彼に対する思惑にも隔たりがある。その結果、血の繋がらない姉妹は、弟をめぐってすれ違い、事態は錯綜していく。そんななか、章を追うごとに存在感をいや増していくのが、本作のセンター・ステージに君臨する真の主人公キュウである。

天才的なダンスの才に恵まれたキュウには、幼い頃から不思議なカリスマ性があった。驚くほど人懐こく、たやすく人の心に入り込み、見る者の心をかき乱しては、消えない残像を焼き付ける。

キュウは輝くばかりの才能で広告代理店の男を虜にすると、やがてネット経由で拡散されていく人気を追い風に、政界関係者までも引き寄せる。物語の後半では、彼らキュウを取り巻く者たちの夢が、法治国家のルールを無視する勢いで暴走していく。

タイトルロールの「キュウ(Q)」が意味するものは、おそらく「自由」に違いない。コロナの病禍が明確な形を取り始めた2020年、すなわち令和2年の春以降、わが国では厳しい行動制限が敷かれ、国民生活が閉塞状態に陥った。突然、不自由の中に放り出されたわれわれは、「自由」について考えざるをえない状況に追い込まれたのだ。

目の前にある現実と向き合うことで小説に取り組んできた作者が、本作で描こうとしたのは、自由への希求がいきなり高まった、まだ始まって間もない令和という時代に違いない。つまり、この「Q」は、自由に対して異様な情熱を燃やしながら、迷走するわれわれ日本人の物語と言ってもいいだろう。
 
さて、果たして作者は、予告通りに恋愛小説という目標を本作で達成できたのか?

その判断は読者の個々が判断に委ねられることだが、大切なものを守ろうとしたハチとロクの姉妹は、物語の終着点でその代償を払い、対価を得る。それは、姉妹それぞれの恋愛関係と無関係ではない。

言い換えるならば、本作は捻れたシスターフッドの物語といえるかもしれない。狂騒の果てで、ハチとロクの姉妹を待ち受けるものは一体何か? 読者は最後の最後まで、ページをめくる手を止められないはずだ。



連載:ウィークエンド読書、この一冊!
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文=三橋 曉

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