出所後に巡り合った男性とは交際中、刑事との悪夢がフラッシュバックして別れることに。冤罪被害は19年後の今も尾を引く。
今回は、収監中に供述心理鑑定した専門家と、新たな意見書を提出した精神科医が被害の実情を分析した。「官製グルーミング」によって被害者の心理に生じるダメージのメカニズムについて、2人の識者インタビューを交えて深掘りする。
「プラトニックな愛情を搾取された」 脇中教授の心理分析
「似たような例として、自分が依存せざるを得ない人との関係で起こる監護者性交がある。相手を全否定すれば自我の崩壊につながり得るので、被害に遭ったと理屈では分かっても、なかなか割り切れない。逆に割り切ってしまうと自分の自我が脅かされる。西山さんのケースも根は深いところにある、という気がしますね」そう話すのは、第1次再審請求審(2010年)=棄却=で西山さんの供述心理鑑定をした脇中洋 大谷大学教授。当時、自白した供述調書を「体験に基づかない虚偽供述を重ねた内容」などと分析、無実の可能性に言及し、獄中の西山さんにも面接した。
—西山さんは、刑事に対して怒りや憎しみが湧かないのは「自分を『かしこい』『普通と同じで変わった子ではない』と言ってくれたことが大きい」と話しています。
脇中教授:幼少期から自分を肯定的に評価してくれる人が西山さんの周囲にいなかった。認められずに生きてきた自分を初めて認めてくれたと感じて救われた。その相手が刑事であっても、自分を認めてくれた人、という思いが今も非常に強く残っているのではないか。
—西山さんは「自分に言ったことはうそだったのか、と刑事に法廷で聞いてみたい」と話しています。
脇中教授:それだけ強く感じ、今でもうそとは思えない、ということでしょう。取り調べ中に、それまでの人生では経験のない強い喜びを感じた。そのような感情を伴うと、理屈の上では『自白させるためだった』とわかっていても、そう簡単には割り切れない。理性的に処理できない、ということでしょう。
〈脇中教授の指摘する通り、西山さんは取調室で刑事に「かしこいよ」などと言われた時のことを「まるで爆弾が落ちたみたいな衝撃だった。周りがパーっと明るくなり、目の前にいる刑事に後光が差しているように見えた」と語っている〉
―刑事が自分をだまして罪に陥れた、という現実を認めたくない自分がいる、ということでしょうか。
脇中教授:そうですね。初めて自分を認めてくれる人に出会い、夢中になったが、裏切られ、それがトラウマとして残った。しかし、本当の意味で裏切られた、と思い切れずにいる。裏切られたという現実に直面すれば、また、深く傷つくでしょうから、まだ相手は自分のことを好きなんだ、というところにとどまり、自我を守っている、という気がします。