今回は、研究者として新しいテクノロジーの開拓を続ける電通イノベーションイニシアティブの鈴木淳一が登場。Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香が、彼の先見の明に迫る。
私たちは今、創世記を生きている。人類は未到達の領域を開拓し、まだ手に入れていなかった希望をつかもうとしているのだ。「希望の前触れ」と思える事物・事象は、すでに日本のそこかしこで生まれている。
少し大げさな言い回しに聞こえるかもしれない。しかし、昨今の「テクノロジーの進化」と、それに伴って起きている「人間の覚醒」は、人類史上でも稀有なレベルのものに違いない。
電通グループには、まさにテクノロジーの進化に接しながら、そこに生じる新たな希望に迫ろうとチャレンジし続けている人間が存在する。グループ全体のR&Dセクターである「電通イノベーションイニシアティブ」でプロデューサーを務める鈴木淳一もその一人だ。
鈴木淳一 電通イノベーションイニシアティブ
人生を革新していくブロックチェーンとは
谷本有香(以下、谷本):まずは、電通イノベーションイニシアティブに所属する以前の鈴木さんのキャリアパスを教えてください。鈴木淳一(以下、鈴木):私は大学で金融工学を学んだ後、2000年に電通国際情報サービスに入社して、主に数理モデルの研究開発を担当しました。2018年の電通イノベーションイニシアティブ始動をうけて電通へ異動となり、2020年の持株会社体制への移行に伴い電通グループに中途入社しましたが、キャリアは一貫してR&D担当です。
具体的にはCERNと高度な暗号技術について研究したり、シンジケートローンやM&A取引の自動実行システムを米国企業と共同開発したりと、国際的な枠組みの研究開発を進めてきました。
谷本:現在、電通イノベーションイニシアティブでは、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
鈴木:(電通グループではない)外部の企業や組織とビジネスで共創していく際の私は、プロデューサーと名乗り、その職能を果たしていることが多い状況です。
それと同時に、電通イノベーションイニシアティブは電通グループにおけるR&D機関ですので、研究職としての働きもかなりの比重を占めています。
谷本:電通グループ全体を常に時代の最前線に押し上げておくための推進力としても鈴木さんは働かれているのですね。最近では、どのような研究をされているのでしょうか。
鈴木:なかなか説明が難しいので概念的な話をまずいたしますと,これからは物質的にも精神的にも外界との関係において相補的同調がもとめられる共感の時代が到来するものと予想しており、その時代にあって人類を含む個々の生体が個体性を維持するために必要となる意識なるものの構造について、ICTの観点から研究を進めています。
初手としてWeb3.0技術、NFC(Near Field Communication)やIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)などの通信技術を中心としたICT技術によって拓かれる近未来の情報環境を予測すること、そうした新しい環境への人類の順応プロセスや新しい市場の形成プロセスに関する研究を進めています。
谷本:鈴木さんは、一般社団法人ブロックチェーン推進協会の理事も務められています。「Web3.0がどのように社会を変え得るか」といったテーマで講演されるなど、人々を啓発していくお立場でもさまざまな活動を続けていらっしゃいますね。
鈴木:ブロックチェーンの技術は、個々の多様な価値観に裏打ちされた行動記録が真正性をもって保存・参照されることを可能にし、国や大企業などが用意するプラットフォームには依存しない「新たなアイデンティティの形成」を加速させます。
生活者が国や企業と対等な関係のもとで一定の利益を主張し、また、それを享受する手段として今後活用が進むでしょう。ここでいう利益とは必ずしも金銭に置き換えることが適当ではないものも含みます。いま私たちはそうした新しい時代の入り口に立っているのです。時代が変わっていくダイナミズムを感じながら、その変化に応じていただきたいと願っています。
谷本:昨今、さまざまな産業界において、サイバー空間とフィジカル空間が緊密に連携するCPS(サイバー・フィジカル・システム)の利活用に注目が集まっていますね。
鈴木:例えば、デジタルツイン(現実世界から集めた情報・データを元にコンピューター上の仮想空間にツイン=双子のように現実のコピーを再現する技術。データの分析・解析、シミュレーション、現実世界へのフィードバックを実行する)などが、CPSに欠かせない技術とされていますよね。
そうしたなか、私はパブリックチェーン(誰もが自由にネットワークに参加が可能で、特定少数の管理者によらない運営がなされるブロックチェーンネットワーク)や、NFT(Non-Fungible Token/ブロックチェーン上で構築される代替不可能なトークン)なども、未来のCPSの中核技術の一つと考えています。
谷本:それは、どのような意味においてでしょうか。
鈴木:工場など生産ラインのデジタルツインを創出して、シミュレーションを行うと、将来のトラブルに対して対策を講じたり、先を見据えた人員計画や生産計画が立案できるようになったりなど、ものづくりにおいてかつてない革新が起きますよね。大量生産・大量消費という現代社会の諸相をそのままデジタル空間に複製することで可能になります。
一方で、同質的なマスマーケットの存在を前提とせず中央集権的な情報管理を脱したブロックチェーン技術の活用は、人間の、より限定的なニーズをくみ取ることを可能にしていきます。つまり、多数が薦めているとか、よく売れているといった大衆市場において通用していた従来の価値基準を是としない、新たな消費市場が創出される可能性が高い。
谷本:ブロックチェーンと言えば、「仮想通貨の管理台帳」というイメージが固着している人も多いのではないかと思いますが、そうではないということですね。
鈴木:それだけではないのです。もう何年も前からエストニアのようなブロックチェーンの先進国では、財産証明や戸籍、社会保障などがブロックチェーンの技術を用いて管理されています。
谷本:確かに、改ざんすることが不可能なブロックチェーンの技術を用いれば、お金だけでなくモノや情報の流れにまでも透明性や信頼性をもたせることができますね。
鈴木:ブロックチェーンは「消費や学習、ボランティアといったさまざまな人間の行動」を(改ざんできない情報として)記録し、信頼の置ける実績として可視化することを可能にしてくれます。
そうした情報群は、人生のさまざまなシーンにおいて証明書としても使えるようになるはずです。
谷本:生産の現場で用いられるデジタルツインが「ものづくりを革新する」のに対し、生活の現場で用いられるブロックチェーンは「人生を革新する」と言えるわけですね。
そのように人間の行動を記録し、人生を革新していくブロックチェーンの具体的な活用方法として、これまでに鈴木さんはどのようなアイデアを試みてこられたのでしょうか。
鈴木:たとえば、日本ではじめて「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定したことで有機農業発祥の地として農業関係者から広く知られている宮崎県綾町との取り組みがあります。
都内のレストランで綾町の有機野菜を用いた「エシカル消費メニュー」を提供するイベントを開き、お客様に加えて生産者とレストランのオーナーに対して「環境負荷軽減の消費行動を行っている」という証明をブロックチェーンに記録しました。
谷本:なるほど! そうした消費行動がブロックチェーンによって証明されると、エシカルメニューを提供するレストランで優遇を受けられるといったメリットが付与できる環境にもつながっていくわけですね。
鈴木:それは単に消費行動だけでなく、その行動の背景にある個人の想いや哲学までがしっかりと可視化されることを意味しています。自分の思想と行動を確かに証明するものとして、ブロックチェーンの利用は大変に有意義だと感じます。
また、同イベントへの参加をトークンによって証明したことで、エシカル消費に意欲的な消費者が繋がり始めました。綾町の関係者ですら知らなかった綾町野菜の取り扱い店を都内で見つけて、同じトークンを持つ仲間内で情報をシェアするようになったり店に対してレシビを提案したり。また、無農薬かつ植物性堆肥でのブドウ栽培にこだわるワイナリーとは更に挑戦的な取り組みも行いました。
ワインの本場であるフランスで綾町ワインを販売したのです。エシカル消費の先進地でもあるフランスにおいて、生態系に配慮して生産された日本のワインは好評を博しました。この実験ではエシカル消費の実績を示すトークンを持つ人のみが参加できる言論空間をSNS上に構築したことも特徴的で、言論空間への入室権利を求めて綾町産のワインを購入する消費者もあらわれました。フランス人にとって、環境負荷の低減を志向するエスプリのきいた者同士で集い、議論を交わすことの重要性やそのようなコミュニティの価値に改めて気づかされました。
谷本:土づくりに始まる農家の生真面目な働き、その大変なご苦労がブロックチェーンによって海を越えて海外の消費者に証明され、支持を受ける。これは農家の人たちにとっては大変なやりがいにつながりますね。
売り上げもさることながら、やりがいの向上などによって自身の気持ちが充足することにも大きな意義があるのではないでしょうか。まさに人生そのものを革新してくれる活用方法だと思います。
谷本有香 Forbes JAPAN Web編集長
2050年に生まれている敏腕エージェントとは
谷本:ブロックチェーンで人生を革新する方法としては、ほかにどのようなものが考えられますか。鈴木:2023年の春からODKソリューションズとの近畿大学を舞台にスタートした取り組みには、これから先の未来に向けて大きな可能性があると考えています。
谷本:それは、どのような取り組みになるのでしょうか。
鈴木:まずは、今春の新入生に「2023年近畿大学入学式 入学記念NFT」を配布しました。今後は、いつ誰と会って、何をしたのかといった、日々の学生生活におけるさまざまな学びや体験の実績証明となるNFTを配布していく予定です。
谷本:そうした各種のNFTを保有すること自体が、学生の意思決定や行動を変化・深化させるインセンティブ(動機付け)にもなりますよね。
NFTが会員証や許可証、さらには証明書としての役割を果たすようになると、これから先は大学生活のあり方が大きく様変わりしていくのではないでしょうか。
鈴木:さまざまな特典や権利の付与はもちろん、留学や就職などに生かしていくことも考えられます。学割制度のような一律的な評価スキームとは異なり、厳格にアイデンティ情報を可視化し分析できるブロックチェーンならではの特徴をいかして、学生個々の価値観が与信に変わる仕組みを作っていきます。
大学と学外の企業・団体が共創することによって、学生の成長を顕著に後押しできるようになるでしょう。
谷本:仮想通貨やビジネスシーンでの活用といった範疇に収まらず、ブロックチェーンの技術は人材育成においても有効であることがよくわかりました。
鈴木:私たちは、小中学生を対象にした取り組みも行っています。筑波大学准教授でメディアアーティストの落合陽一さんとともに、未来の研究者養成を目指したサマースクールを毎年開催しています。今年は落合陽一さんから生成AIを用いて映像作品を創作することを学ぶカリキュラムでしたが、学習履歴は卒業証明NFTとして記録され、ブロックチェーン上に公開されます。
高度なテクノロジーに触れて、他者と議論を交わした経験は、今後のキャリア形成の起点になり得るものと考えますが、そのような「学歴では捕捉できない学びの軌跡」が可視化されることの意義は大きいでしょう。また、卒業証明NFTは毎年開催される同窓会への参加権にもなり、ワークショップ参加などのイベント体験を、生涯にわたって卒業生に寄り添うDAO(分散型自律組織/参加メンバーによって所有され運営される組織)としての互助的なコミュニティ活動へと昇華させています。
谷本:そのように「活動実績をはじめとするさまざまな個人情報をNFT化して自分自身で管理・運用する」ことが当たり前になる時代が、やがて訪れるのですね。
鈴木:NFTという新たな形態で蓄積された価値情報は、保有者の与信評価に使えるだけでなく、その唯一無二のデジタルアイデンティティを活用していけば、誰よりも自分のことをよく知り、必要に応じて日々の意思決定をサポートしてくれるデジタルエージェントを生み出すことも可能になると考えています。
今、私が目指していることの一つが、より自分らしく生きることをサポートしてくれるデジタルエージェントの創出です。
谷本:確かに、さまざまな個人情報がNFTとして蓄積され、その人ならではの思想や行動の履歴がそこに貯まっていくのであれば、占いなどに頼らなくても信じられるアドバイスを与えてくれる敏腕エージェントとしても機能してくれそうですよね。そのような優れたデジタルエージェントが活躍する時代は、いつごろになりそうでしょうか。
鈴木:2050年には当たり前になっていることでしょう。このようなデジタルエージェントに関する研究は、私たちもかなり先行しているのではと自負しています。
これまでの電通グループは、広告代理業を主軸に企業や行政といった組織のエージェントとしての役割を果たしてきました。しかし、これからは個人のエージェントとしての可能性も深く追求していく必要があります。正統派だけでなく、さまざまな分野の異能が数多く集まっている電通グループの可能性に私は期待しているところです。
鈴木と谷本の対談中、傍らで聞いていた本稿の筆者は、『創世記』を著したとされるモーセの姿を思い浮かべていた。旧約聖書に出てくるモーセは神の啓示を受けてエジプト脱出の事業を託され、荒野の大放浪を始めた。
今、鈴木は、人類史上前例のないデジタルエージェント創出の事業を託されている。彼が考えている約束の地は、2050年には現実のものになっているという。賢明なる開拓者が先導してくれる世界を、ぜひとも体感してみたいものだ。
すずき・じゅんいち◎電通グループのR&Dセクターである電通イノベーションイニシアティブにてプロデューサーを務めるほか、一般社団法人ブロックチェーン推進協会の理事、放送大学の客員准教授を兼務。プラットフォームフリーかつトラストアンカーレスのトークンエコノミーが導く未来についてホワイトペーパー「Blockchain 3.0:Internet of Value」にて概念化し、近著・監修『Social City』(Springer)、『ブロックチェーン3.0』(NTS)、『DX事例100選』(NTS)にて具体化を試みている。