ひとしきりお話しをさせていただいた頃に、アトリエにひとり、ふたりと人が集まってきた。これから2階で旧知の仲間での食事会が催されるという。「これも縁ですから」と黒田は会に誘ってくれた。小倉で寿司屋を営んでいた腕利きの主人が食事を振舞ってくれるという。
隣県大分の鮎や鯖、めずらしいボラの刺身、関門ダコといった近海もの、枝豆やさつまいも、かぼすといった初秋らしい季節の品々がテーブルに並んだ。
その席に、黒田とは北九州時代からの付き合いという広告代理店の方がいた。黒田の魅力をこう表現してくれた。「黒田さんの絵はAIには描けない。なぜなら人間の本質だから」
黒田のアトリエ前で
宴の終盤に出されたおにぎりは少し変わったものだった。一般的によく見るおにぎりのように握って固められておらず、菊の花びらようにふわりと米粒が花咲いていた。これを黒田はいたく気に入ったようで「うまい!」と声に出し、「これが本当のおにぎりや。おれらは今までおむすび屋にだまされとったんや」と笑い、飲み、歌った。つられてか、隣の客人もまた歌い始めた。
終電近くの時間になり、後ろ髪をひかれながらも帰宿を告げると、「はよ帰れ」と黒田はくったくのない笑顔で送り出してくれた。
夜の港近くの海道は静かだ。門司港駅に向かって、電車で帰る数人でとぼとぼ歩く。波の音はないが、関門海峡から汽笛がときおり遠く聞こえてくる。黒田は船関係の仕事をしていた10代の頃から、今も変わらず船が好きだそうだ。