「画家は長生きできる。早死にする人もいるが、ピカソやマティスやシャガールや、私の旧友ジリアン・エアーズのように、年齢を重ねて円熟の域に達する場合もある。なぜだかわかるかい? 描いているときは、没頭して自分を意識しなくなるからだ。それができれば寿命が伸びる」*
*『春はまた巡る デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』/ デイヴィッド・ホックニー、マーティン・ゲイフォード(著)、藤村奈緒美 (翻訳)、青幻舎 2022
この文章に辿りついたとき、ふと今年新作を公開したばかりの宮﨑駿のことが頭に浮かんだ。一時は引退宣言もあったが、いまは早くも次作の構想を練っているとも聞く。
と同時に私の頭のなかには、もう一人の人物が浮かんでいた。
描いているのではなく、描かされている
「ここまで生きるとは思っていませんでしたよ」と黒田征太郎は語り始めた。黒田は盟友長友啓典と組んだデザインユニット“K2”で、1970年代以降のデザイン界に強い存在感を放ってきたデザイナー/イラストレーターであり、アーティストだ。
84歳になった黒田はいま、北九州市の門司港に住む。縁あって、海辺近くの元は船員向けの診療所であった建物をアトリエとし、ほぼ毎日休みなく絵を書いている。「休みはとらないのですか」と尋ねると、「朝起きてカーテンを開けたら、もう僕は絵を描きます」と、出身地・関西のイントネーションを感じさせる語り口で応じてくれた。
黒田のアトリエからの眺望。海をはさんで向こう側は本州の下関だ
そんな黒田のアトリエを訪れた私は、しばらくの間、黒田が取り掛かっていた一枚の絵を仕上げるのを眺めていた。すっと雨水がガラス窓をつたうように筆をはこんでいる。そこに迷いはない。
「描いているのではなく、描かされている」と黒田は言うが、実際にその描く姿を見ると妙に納得してしまう。「例えば音楽も、始まりは風であって、波のざわめき。虹も、太陽の光に照らされてこそ七色に見える。何ごとも人間がつくったと思ったら間違いだと思いますよ」