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2023.11.20 16:00

【山極壽一×伊藤穰一】人類学とテクノロジーから見るこれからの「まち」の可能性

京都大学前総長/現総合地球環境学研究所所長で、ゴリラをはじめとした生物の研究を通じて「人間とは何か」を探究してきた人類学/霊長類学者の山極壽一と、米・マサチューセッツ工科大学にてメディアラボの所長を務め、現在はデジタルガレージ 取締役や千葉工業大学学長、デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家としても活動する伊藤穰一。人間とテクノロジーが“本当の意味で”共存し、イノベーションを起こしていくためにはリアルな「まち」での「体験」「縁」が重要になっていくという。それぞれの分野におけるトップランナーであるふたりの対談から、その可能性を紐解いていく。

人間の社会性を培ってきた「3つの自由」の変革

——これまで人類学/霊長類学を研究されてきた山極先生、社会とテクノロジーの変革を起業家、哲学の視点から論じてこられた伊藤先生ですが、「まちづくり」「コミュニティづくり」という視点において、お互いの専門領域について、どのような交わりがあるとお考えでしょうか?

山極壽一(以下、山極): 僕はそもそも人間が“まだ人間でなかった頃の人間性”に興味を持ち、ゴリラを対象に研究をしてきました。

700万年の人類の進化のうち、99%は狩猟採集という正業様式をとってきましたが、そこで出てくるキーワードは「分散」です。一カ所にとどまらず移動し、環境にあった形で集団サイズを変える中で培った人間の社会性は、私たちの心身に埋め込まれてきました。

ところが、1万2000年前ごろから農耕牧畜が始まり、「定住」「所有」という概念が生まれました。都市生活、領土の侵略、産業革命がおこり、時間と人間は管理されるようになった。そのスピードはあまりにも速く、人はその変化に適用しきれていないと思うんです。

これは逆説的ですが、伊藤さんの専門領域であるブロックチェーンや情報通信技術は、いま我々が取り巻かれている社会の在り方をひっくり返すことができる可能性を秘めている。“分散型インターネット”の新たな展開によって、変革が起こる可能性があると見ています。

これまで、人間の社会性は「移動する自由」「集まる自由」「対話する自由」の3つの自由で培われてきました。それをいま、情報通信技術が変えようとしているのだと思うのです。ただ、人間の身体性や心は、生の身体と生の付き合いに依存していますから、バーチャルな世界に浸りすぎず、地に手や足をつけておく必要があります。

伊藤穰一(以下、伊藤):山極先生のゴリラの話は僕も大好きで、人類の歴史についてはよく考えているんです。

技術が進化し、世の中が複雑化していくからこそ、どこかで地に足がついていなければいけない、というのはおっしゃる通りだと思います。シリコンバレーのAI界隈の方と話をすると「自分たちはシミュレーションの中に住んでいるのではないか」と本気で信じているんだな、と思わされます。それはなぜかというと、哲学者の西田幾多郎さんの言葉でいう、「純粋経験」がそこにはないからなのです。

コンピューターは人間が体験したものを解析して処理していますが、リアルな世界で「今日は暑い」「おいしそう」などと感じることから、私たちの倫理が生まれます。若い世代が環境問題に関心を持っているのは、純粋経験による肌感覚があるからでしょう。「この地域は変わってしまった。もっとこんなまちをつくりたい」という気持ちは、感情をコンピューター処理しているだけでは生まれない心の動きだと思います。

人間は進化の中で、会計の概念を生み出し、人々が持つ異なる価値をお金に換算して文明を発展させてきました。いまの日本は、お金の勝ち負けに換算できるグローバルの競争の世界では、負ける未来に向かっているかもしれない。その中で活気あるまちをどうやってつくっていくかを考えれば、キーになるのは、「お金で換算できないものをいかに管理し、表現できるか」になるでしょう。

YNKに根付く「拡大なき生きがい」という価値観の可能性

——YNK(八重洲・日本橋・京橋)のように、老舗の飲食店や大企業、スタートアップなど、さまざまな規模、属性の人や企業が集まっているまちに、どのような可能性を感じていますか。

山極:YNKエリアは日本経済の主要な大都会であると同時に、400年続く土地の文化を守り続ける方も住んでいるという特異な場所です。日本文学史を研究されてきたドナルド・キーンさんは、日本の魅力を「昔の暮らしがそのまま残っていることだ」と話していました。茶道や華道は生活に根付いていますし、調度品も昔に使っていた貴重なものをそのまま大事に使っていたりする。暮らしの中の細々としたものの中に、何百年前と変わらないものが色濃く残っていたりするでしょう。

文明はスクラップ&ビルドの考え方で、過去のものは廃棄して新しいものを建てて発展してきました。一方で、キーンさんは「日本人は過去を捨てない」とおっしゃった。その良さは、ここYNKエリアにも共通するもののような気がします。



伊藤:江戸から続く地域の中で隣同士が仲良く、過剰な発展がなくてもハッピーでいられる。それはアメリカにはない、日本人ならではの価値観だと思うんです。

いまでも何代も続いているお店には、「拡大なき生きがい」があります。店の大きさを広げることなく、親から受け継いだ土地をそのまま子どもに引き継いで、“老舗”が生きている。そこには、同じことを続けていくことに美を感じるという価値観があります。

イノベーションを生み出すベンチャーの世界では、拡大を追いかけるのが勝ち筋になるでしょう。一方で、サステナビリティや平和の観点で見れば、競争と拡大よりも「自分の地域の中でどうやっていきいき暮らしていけるか」を追求することに大きな価値がある。江戸文化や町人商人の伝統を受け継ぎ、決まった土地の中で心豊かに生き続けられるという点で、YNKエリアには、社会が求めるサステナビリティの重要なヒントがある気がしています。

——確かにYNKエリアの老舗の旦那衆は町会活動等を通じたボランティアに熱心に取り組みつつ、大事にお店を守り続けられていますよね。

いまこそ見直される「社交の時代」

——多様な価値が融合しているYNKエリアで、イノベーションをいかに生み出していくべきか。その中で「受け継がれるべき考え方」とはどのようなものであるとお考えですか。

山極:大事なのは「つながり」です。職人のまちには“ほんまもん”がありますよね。世界にひとつしかないもの、長い年月をかけて受け継がれてきたものなど、“ほんまもん”は人によって価値が異なります。それらに触れ、それらを介して人がつながることで、価値は新たにつくられていく。つながりが幾重にも折りたたまれて存在していることが、人々の心を豊かにし、発展する余地をつくるのではないかと思います。

伊藤:どんな場所にも、新しいものが入ることはすごく必要です。でも、新たな環境に対応して進化する力、変化するレジリエンス(逆境に向き合う柔軟性)がなければ、古いだけの価値はポキッと折れてしまう。しかし、400年続いてきたこのまちは、そういった新しいものや人を受け入れる柔軟性や寛容性があったのかもしれません。僕は地域に残っている、その地域が持つ性質を捉えることが、レジリエンスを高める重要なひとつの要素だと思っているんです。

以前、文化的なまちの研究をした際に、アートが栄えたまちの特徴を調べたことがありました。例えばソーホーのようにアートがまちに根付いた地域は、まちづくりとして意図したわけではなく、アーティストが自然と集まって生まれました。地域開発において、もともとある文化と新しいものを入れて、自然な進化論が起きる設定をつくっていくことは、非常にチャレンジングなこと。価値ある社会実験ですよね。



山極:まさにそうですね。これからは、バーチャルの世界でもリアルの世界でも、「社交の時代」が改めて見直されると思うんです。人間が本来持つ「移動する自由」「集まる自由」「対話する自由」を駆使しながら、いろんな人たちが会って、一緒に何かをつくり出していく。小さなコミュニティが立ち上がって、集まることが楽しくなる。まちはこれから、それを支える場になっていくでしょう。

そのときに必要なのが“ほんまもん”で、その場に合った道具や、時には料理や芸術などを介して社交の場が演出されることでコミュニティはより強固になっていきます。そこに伝統や歴史があればなおいい。

伊藤:僕は茶道を嗜んでいるのですが、「道」と名付けられるものは、人が使ったものをとても大事にしているんだなということを、改めて学びました。外国人の学者など知人が来日したときには、お茶室で400年以上前に江戸時代に使われていた茶道具を使ってお茶をお出しします。すると、「歴史の中に自分が入れた」と本当に感動されるのです。

拡大や成長よりもまず、「昔の茶道具をずっと大事にしていく」ことに価値を置く文化は、世界のほかの国にはない、日本の強みでしょう。しかも、博物館の展示品を眺めるのではなく、みんなが手にとって触れて、参加しながら伝統に感じられる。入り込めたという参加の感覚が、リアル空間での人と人との「縁」をつくっていくと思います。

山極:そして、これからは人々が「分散」しながら、それぞれの個性を発揮できるような小さなコミュニティづくりが必要ですね。

伊藤:昨今のオンラインのコミュニティで見えてきた課題は、コンテクストがない中で情報がすべて外に出てしまうと、すぐ炎上してしまうということでした。そこで出てきたのは、少しだけ情報を見せて、入りたい人が来れば入れるというクローズされたコミュニティです。

YNKエリアには、外からちゃんと見えているけれど、実際に来なければ体験できない、老舗と新規の融合があります。「わかる人にはわかる」という濃いカルチャーでありながら、ちゃんと外の世界と接続されている。そのバランスがとられたまちだなと思います。

山極先生がおっしゃる“ほんまもん”を残しながら、いかに多くの人たちの純粋経験を増やし、かつ文化の濃さを薄めずに持ち続けられるか。そんな難しい挑戦を、これからも期待して見ていきたいです。


山極 壽一◎人類学者/霊長類学者。第26代京都大学総長。鹿児島県屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地でゴリラの行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探ってきた。著書に、『家族進化論』(東京大学出版会)、『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)、『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』(朝日新聞出版)、『共感革命―社交する人類の進化と未来』(河出新書)などがある。

伊藤 穰一◎ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者。現在はデジタルガレージの共同創業者取締役兼専務執行役員Chief Architect、千葉工業大学学長、同変革センター長。2011年から2019年までは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務めた。主な近著に、『AI DRIVEN AIで進化する人類の働き方』(SB新書)『〈増補版〉教養としてのテクノロジー AI、仮想通貨、ブロックチェーン』(講談社文庫)がある。

Promoted by 東京建物 / Text by Rumi Tanaka / Photographs by Shuji Goto /Edit by Miki Chigira

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