日本企業はTNFDにどう向き合うべきか

もともと環境への取り組みが盛んで、データを収集してきた会社にとっては、世界共通のものさしで自社をアピールするいい機会となるだろう。ただし、そうした企業は今のところごく少数だ。また、自然への依存やインパクトを分析、評価するためのツールやデータ自体もまだまだ不足している。TNFDのメガネをのぞき込んだときに、事業が自然にインパクトを与えていることはわかっても、それがどの程度なのかは、なかなかはっきりと見えないだろう。TNFDとしてもそれは想定済みで、市場関係者の知見をもち寄りながら、時間をかけてじっくりと解像度を上げていきましょうというスタンスだ。
 
将来的には、TNFDに基づく情報開示が上場企業に義務化されていく可能性もあるが、今の段階ですぐに金融機関による投融資判断の材料にすることは難しいと見ている。日本企業には、情報開示に対応するメリット/デメリットを論じる前に、まずはこのメガネを使って自社と自然の関係性をのぞいてもらいたい。

実際に取り組んでいくと、日本企業の多くがサプライチェーン上のトレーサビリティを追えていないという弱みが浮き彫りとなるはずだ。これには、大企業が調達の多くの部分を商社に依存している日本固有の産業構造が影響している。昨今では、半導体や木材といった需要が高まる原材料などで日本企業が国際的に買い負けする状況が起きている。

商社からの調達が難しくなったとき、サプライヤーと直接交渉ができる関係をつくるという意味でも、トレーサビリティの確保は重要だ。NFDを通じて、自然資本のレジリエンスだけでなく、ビジネスのレジリエンスの向上にもつなげてほしい。
 
また、事業と自然との関係性をネイチャーポジティブな方向に転換することは、大きなビジネスチャンスになる。これは、上場企業だけに限った話ではない。例えば、大手の食品メーカーに原料を供給している中小のサプライヤーが、国内の自然豊かな土地で完全有機栽培を行っていて、IoTなどのテクノロジーを活用して、環境にどのくらい影響を与えているのかデータも収集しているとしよう。メーカー側からすると、彼らから調達すれば、TNFD対応のための上流の調査の手間が省けることになり、原料の価格が多少高かったとしても、優先的に取引したいと思うはずだ。

つまり、サプライヤーにとっては、新しい付加価値となる。TNFDは、リスクを評価する守りの側面だけでなく、ネイチャーポジティブ時代の攻めの経営に転じるための有用なツールでもあるのだ。


はらぐち・まこと◎MS&ADインシュアランスグループホールディングス サステナビリティ推進部 TNFD専任SVP、TNFDタスクフォースメンバー、環境省次期生物多様性国家戦略研究会委員、ネイチャーポジティブ経済研究会委員。

文=眞鍋 武

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年11月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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