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一人にひとつずつの芸術を人によりそう自動伴奏ピアノ

新井鷗子 東京芸術大学客員教授 横浜みなとみらいホール館長

「どうしてもピアノじゃなきゃイヤ」。特別支援学校でグランドピアノの前に座る少女はこう訴えた。脳性まひで手足が不自由な彼女は、鍵盤に顔を近づけ指1本で必死にショパンのノクターンを奏でる。後ろにいる教師が二人羽織のように伴奏をつけていた。ここに居合わせたのが障がい者や高齢者などすべての人が楽しめる芸術・インクルーシブアーツを研究する新井鷗子だ。

当時東京藝術大学で産学連携でインクルーシブアーツを研究するグループのリーダーに就任したばかり。まずは現場を見ようと全国の支援学校見学に奔走していた。

『ピアノじゃなきゃイヤ』という言葉を聞き、彼女らは鍵盤の軽いキーボードや障がい者向けの楽器ではなくプロと同じ楽器を弾きたいのだと気づきました」。新井は訪問翌日ヤマハ本社に電話をかけ、自動伴奏機能付きピアノ「だれでもピアノ」の共同開発が始まった。ヤマハの自動演奏ピアノはすでに販売されていたが、富裕層向けの販売が主で障がい者とマッチングするという発想はなかった。

「だれでもピアノ」は、演奏者がメロディを各々のペースで弾くと伴奏とペダルが自動で追従し、あたかも自分がプロ並みの演奏をしているような体験ができる。開発過程では、冒頭の少女に試弾してもらいフィードバックをもらうなど、実験と対話をヤマハ・新井の藝大チーム・障がい当事者の三者で進めた。新井は人間がペダルを踏むときと同じようなニュアンスを再現するため音楽の専門知識を駆使し滑らかな奏法とペダル操作のタイミングを分析した。

「『機械』は自分に合わせてくれないから好き」と語る少女。日ごろから人に合わせてもらっている障がい者にとって、感情のない機械に自分が「合わせる」体験は新鮮だという。現在はより汎用性の高い「だれでもピアノ」専用アプリを開発中だ。演奏後に血圧や心拍数等健康データを測ることで音楽を通した健康増進の研究も進む。「音楽は人と人をつなげ、孤立防止にも役立つ。人それぞれの形でアートを楽しんでほしい」。


あらい・おーこ◎東京藝術大学楽理科・作曲科卒業後、コンサート監修や音楽番組の構成作家に。1998年NHK音楽教育番組「わがままオーケストラ」構成で国際エミー賞入選。2011年より東京藝術大学でインクルーシブアーツを研究。20年より横浜みなとみらいホール館長。「だれでもピアノ」は21年STI for SDGsアワード文部科学大臣賞受賞。

文=菊池友美 撮影=林 孝典

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年11月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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