文化や価値観の異なる企業が融合した同社は、「ダイバーシティ」をどのように捉えているのだろうか。1967年にドイツで設立され、欧州最大級の経営戦略コンサルティングファームであるローランド・ベルガー。多様性を重んじるカルチャーが深く根付くローランド・ベルガーの日本オフィス代表大橋譲が、ソニー・ホンダモビリティ副社長の山口周吾に聞いた。
ソニーとホンダを結んだ「モビリティ」
大橋譲(以下、大橋):ソニー・ホンダモビリティは、日本を代表する2社のジョイントベンチャーということで、お話を聞けるのを楽しみにしていました。山口さんはソニーから参画されたのですよね。
山口周吾(以下、山口):はい。ソニーには1992年に入社して、ビデオレコーダーやVHSを担当する部署で経営管理を行っていました。その後、パーソナルコンピュータ事業の経営管理業務やコニカミノルタさんの一眼レフの事業継承に関する交渉、マンチェスター・シティ・フットボール・クラブとのファンエンゲージメントの取り組みなどを担当してきました。
そんななか、ホンダとモビリティ事業を共同展開することとなり、現在はソニー・ホンダモビリティの副社長を務めています。
大橋:気になるのは、この2社がなぜ組むことになったのか。ソニー・ホンダモビリティの誕生の背景を教えていただけますか。
山口:ソニーは、モビリティが次のメガトレンドだと考えていました。「VISION-S」というプロジェクトを始動して、ラスベガスで開催されたテクノロジー見本市の「CES 2020」で、試作車の展示を行ったのです。
ソニーが培ってきた技術は、モビリティ業界に大きく貢献できると信じて、試行錯誤していた一方、一般の方がハンドルを握って公道を走ることを考えると、安全・安心面のハードルをソニー単独で越えるのは難しいとも感じていました。
また、ホンダ側からは、EV化が進む業界の大きな流れの中で、どのように価値を提供するかを議論しており、自動車業界以外の企業とペアを組むことで、新たな価値を創造できるのではないかという結論に至ったと聞いています。
そこで、ジョイントベンチャーという形で事業化することを互いに合意し、生まれたのがソニー・ホンダモビリティです。
大橋:なるほど。山口さんはどのような経緯で参画したのでしょうか。
山口:ジョイントベンチャーの合意をする少し前、当時のマネジメントからこの事業に取り組むように声をかけられました。私はグループ内での連携やジョイントベンチャーの立ち上げの経験があったので、それを生かせるという考えでの抜擢だったのだと思います。
多様性を束ねる鍵は北極星のパーパス
大橋:ソニーとホンダは業界が異なるので、当然ながら文化も価値観も全然違いますよね。設立時に、軋轢が生まれた場面もあったのだろうと推察しますが、いかがでしょうか。
山口:おっしゃるとおり、歴史のある二社で新たな組織風土を醸成することは簡単ではありません。しかし、メンバー単位で見ると、ソニーは音楽やゲームなどのエンタメから、PCやカメラなどのハードウェア、それから金融まで幅広い事業に携わっており、これまでも異なる文化を持つ人が集まって1つの組織を作ってきました。ホンダにも同じことがいえます。究極的には、一人ひとり多様性があり、それを束ねることが組織づくりの根幹だと思っています。
大橋:山口さんは、ソニー時代からジョイントベンチャーを立ち上げ、多様なメンバーを束ねてこられた。そうした経験を踏まえ、ソニー・ホンダモビリティでメンバーをまとめて、同じ方向を向かせるために工夫したことはありましたか。
山口:目的地を明確にするため、パーパスを作成しました。設立前から議論をし、現在掲げているのが「多様な知で革新を追求し、人を動かす」です。このパーパスを目印に、メンバーの目線を合わせています。
そしてパーパスはできるだけ遠大なものがいいと思うんです。なぜなら、近い目標より遠い目標のほうがメンバーの目線が次第に合いやすいから。
大橋:なるほど、北極星をみんなで見ることが大事だと。
山口:あらゆることをトップダウン的に決めてしまうのは簡単ですが、多様な知でものを作るためには、同じ目標を見失わないようにして、意見をぶつけあう時間とプロセスが重要です。変化の激しい現代のビジネス環境では時間の余裕はありませんが、私はそこに力をかけるべきだと考えています。
業界や会社に存在する常識は、異なる立場の人間から見れば非常識だということはよくあります。しかし、常識だと思い込んでしまうと、それがいつしか制約になり、新しいアイデアが生まれる機会を奪ってしまうこともあり得ます。暗黙知によって仕事がスムーズに運ぶこともあるのですが、その反面リスクもはらんでいるのです。
大橋:常識の壁を壊すという意味では、「違和感」が1つのキーワードになりますね。私はクライアントに違和感をもたせることを意識しています。お客様が通常考えないことを考えてもらうよう促すのが、経営戦略コンサルティングファームの仕事であると。違和感は悪いことではなくて、これまで固まっていた思考のパターンを抜け出すために、必要なものだと思います。
山口:そうですよね。多様な意見をぶつけあい、常識だと思っていたことに違和感を持たせることで、凝り固まっていた思考パターンを抜け出して、新たな価値を生み出すという。
大橋:常識にとらわれないアイデアは、出してみて初めて常識でないとわかるわけです。であれば、そうしたアイデアや意見を出す文化の醸成が必要になりますが、山口さんは何か心がけていることはありますか。
山口:あえて私自身から一番極端な意見を出すよう意識しています。そうすると、「それよりかは良い意見を考えている」と思えますよね。それが、さまざまな意見を出しやすい雰囲気づくりにつながっていると思います。
あとは、時間がない中でも結論を急がず待ってみるとか、極端な意見が出たときには全く逆の意見も出してみるとか、そういうことの連続ですね。あるいは、自動車業界だけではなく、アパレルや飲食など別業界の事例を挙げながら発想を広げるということもやっています。
大橋:多様な意見を集めることと同時に、最終的なアウトプットとして収束させることも大事です。意思決定する段階では、何か工夫されていますか。
山口:せっかく多様な意見を集めたのに、最後に私の感覚で決めたら、台無しになってしまいます。そうではなく、将来私たちのお客様になる方が喜ぶかどうかを基準にすべきです。
それはソニー時代にも考えていたことで、ソニーの歴史には「自分たちが喜ぶものをお客様も喜んでもらえると考えて取り組んでいた時代」が長くありました。ところが、嗜好が細分化されている現代では考え方を変えていくことが必要かもしれないと思います。
私の役割は結論を出すことではなく、論点を整理して、どういうロジックや基準で物事を決めていくか、意思決定までのプロセスを考えることです。もちろんトップが最終判断を下さなければならない場面も多いですが、多様性を取り込む際は、意思決定するプロセスにも気をつけていますね。
色鉛筆を全色揃えるのが「多様性」ではない
大橋:経営戦略コンサルティングファームは、多くの場合、お客様に変革をもたらすことを求められていて、全てを捨ててでも変わりたいと考えている企業を支援しています。そこで感じるのは、思い切ってやり方を大きく変えるか、過去のやり方を引き継ぐか、その線引きの重要性です。
やり方を大きく変える場合、どんなにうまくやってもリスクはありますし、誰かしら傷つく人が出てきます。長期的に見たら成功に向かっていることはわかっていても、短期的にはストレスがかかってしまう。そのあたり、山口さんはどうお考えですか。
山口:変えるストレスももちろんありますが、私の感覚では、変えないことによるストレスもありますね。侃々諤々の議論がなく、現状維持の状態のほうがストレスに感じてしまいます。企業文化や社風は、普段意識しないものですが、そうした無意識的なところから意識的に変化を起こし、それに慣れることでまた無意識にできるようになることが、その企業らしさを体現するのに大切なのです。
大橋:企業文化や社風という言葉が出ましたが、企業としての統一感やまとまりを出さなくてはならない一方で、メンバーの個々の多様性を尊重することも重要ですよね。多様的であることと、企業文化の浸透について、どのようなバランスで考えていますか。
山口:私にとって多様性は手段であり、かつ必要条件であって十分条件ではないんですよね。多様性は必要だけど、多様的であるからといって、それだけで世の中の人に喜んでいただけるものを作れるわけではない。目的の達成のために、多様であることが重要なのです。
大橋:色鉛筆の全色をそろえることが目的ではなく、イメージした絵を描くことが目的であるということですよね。120色そろえれば良いということではなく、30色で描ける絵なら、意識的に30色そろえることが大事だと。
山口:そうですね。極端に言うと、ダイバーシティが大事だからといって、圧倒的に大規模な会社を作らないといけないわけではない、ということです。単に人数を増やすという話ではなく、多様な意見が受け入れられる風土があるのか、そうした意見が常に求められているかが大事です。
私たちが事業を始めたモビリティ業界は、今が変革期で、技術もサービスも変わっていくし、お客様の価値観も変わってくるはずです。そうした変化のなかで新しい価値を生み出すために、ダイバーシティが必要なのだと思います。
対談を終えて 大橋 譲
今回の対談を通して、山口さんの“目的達成のための手段”の先に多様性があるという考え方は、非常に共感できるものであった。真のダイバーシティを考える上で、多くの学びや示唆に富む機会であったと感じた。1. 多様性ある組織を束ねるには、同じ方向を目指せる遠大な目的たる“北極星”を示すことが大事
2. 常識は暗黙の制約ともなり得、リスクもはらむ
3. 極端なアイデアが議論の幅を広げる。結論に至るプロセスにこそ力をかける
4. 無意識であるものにこそ、意識的に変化をさせる
5. 意図を持った“多様性”を心掛ける
これからの企業の変革に必要なこととは、必ずしも現状の延長線上にあるものとは限らず、むしろ真逆の視点に立った時により多くのものが見えてくる。その中での多様性とは、「違和感」に可能性を見出し受け入れ、同じ方向に向かって議論することで本当の価値が発揮されるのかもしれない。