「果実味が豊かで、濃い味わいのワインが多い」
「バロッサ・ヴァレーやマーガレットリバー、有名で個性的な産地がたくさんあるよね。最近はタスマニアもいいんだってね」
「フランス産に比べるとコスパが良くてリーズナブルなワインが多い印象」
……とは一般的なオーストラリア産ワインのイメージだろう。入植者と移民の国であるオーストラリアでは18世紀からワインがつくられてきたが、フランス、イタリア、ポルトガルなど古くからワインをつくってきたいわゆる“オールドワールド”に比して“ニューワールド”と称され、ややカジュアルなワインの産地だと認知されてきた。
しかし、昨今では醸造技術の飛躍的な進化からオーストラリア産ワインに多くの高級ブランドが誕生。世界のワインコレクターや投資家たちからも熱い視線を浴びせられるようになってきた。その高級ワインブランドの筆頭が「ペンフォールズ」である。
この白地に赤文字でPenfoldsと描かれたシンプルで力強いエチケットをご覧になったことのある方も多いだろう。しかし銘柄によっては1本10万円超という高価格から、気楽に抜栓することもなかなか難しい。そこで「ペンフォールズ」とはどのようなワインなのか?今年10月に来日した醸造家、ステファニー・ダットンにその魅力を解説してもらった。
シンプルに最高品質のワインをつくるために
──「ペンフォールズ」はワインの世界で有名な『ワイン&スピリッツ』誌で「ワイナリー・オブ・ザ・イヤー」を歴代最多の30回以上受賞するなど、名実ともにオーストラリアを代表する高級ワインブランドとして知られていますが、どんなワインなのでしょうか。
ステファニー・ダットン(以下、S):「ペンフォールズ」のハウススタイルをひと言で表すなら、「マルチ・リージョン/マルチ・ヴァラエタル」でしょう。つまり、他のワインが単一畑またはひとつの地域のブドウだけを原料にしていることが多いのに対し、「ペンフォールズ」は広大な南オーストラリア州各地に広がる畑から良質なブドウを厳選してきました。時に自社畑であったり、契約畑であったり、独立した契約農家から買い入れることもあり、その調達はさまざまなのですが、目的はシンプルに最高品質のワインをつくること。そのために、地域や区画に縛られることなく、ハウススタイルに従いワインという芸術を追求していくのが「ペンフォールズ」というブランドの哲学なのです。
この哲学はリージョン(地域)だけにとどまらず、銘柄によっては複数のブドウ品種をブレンドする「マルチ・ヴァラエタル」の手法も取り入れています。これは「ペンフォールズ」がワインをつくりはじめた1844年にさかのぼるのですが、当時のオーストラリアでは酒精強化ワイン(醸造工程中にアルコールを添加することでアルコール分を高め、保存性を高めたワイン)の製造が主流だったのです。酒精強化ワインは複数のブドウ品種をブレンドするのが常だったことから、私たちは非常に洗練されたハイレベルなブレンド技術をもっています。また。味わいの特徴としては、ごくなめらかなシルクのような飲み心地、果実の緻密な凝縮感が共通する要素として挙げられます。
稀代のワインメーカーが生み出した傑作「グランジ」
──その哲学の集大成ともいえる傑作が「グランジ」なのでしょうか。1本10万円以上する超高級ワインですね。S:「グランジ」は「ペンフォールズ」のラインナップのなかでも最も高級なワインです。ブドウは全体収穫量の5%に満たない、選りすぐりのシラーズをバロッサ・ヴァレー、マクラーレン・ヴェイルなど複数のリージョンから使用しています。そして、このワインはオーストラリアとして初の長期熟成ワインというエポックメーキングな1本でもあるんですよ。
──それまでオーストラリアのワインには長期熟成という概念がなかったのですか?
S:ありませんでした。そしてそこにはちょっと面白いエピソードがあるのです。「グランジ」の生みの親となったのは、オーストラリアのワイン史においても伝説的なワインメーカー、マックス・シューバートです。実は彼はメッセンジャーボーイとして「ペンフォールズ」に入社したのですが、ワインメーカーとしてぐんぐん頭角を現したというユニークな経歴の持ち主でした。1940年代後半に彼は仏ボルドーへ研修に行くんですが、そこでボルドースタイルのワインメイキングを学んできます。オーストラリアへ帰ってからも、学んできたことを活かして長期熟成ワインをつくったのですが、それが最初は会社に受け入れられなくて。1957年、58年、59年の3年間は会社に内緒で密造していたそうなんです。
──禁酒法時代でもないのに(笑)。会社としては、コストのかかる製造法が理解しにくかったのかもしれませんね。
S:そうかもしれません。ただ、取締役会もまもなくその価値に気づいて1960年ヴィンテージからは正式につくっています。1955年のグランジはアメリカの権威あるワイン専門誌『ワインスペクテイター』で「20世紀における最も偉大なワイン12本」に選出された伝説的なワインです。
──「グランジ」の伝説はそこから始まったのですね。たしかこの「グランジ」の複数のヴィンテージをブレンドしたワインがあると聞いたのですが?
S:2008、2012、2014ヴィンテージをブレンドした「g3」のことでしょうか。このような特別な商品は、すぐにプレミアがついてしまいます。この「g3」も販売当初は3500豪ドルだったのですが、1万5000~3万豪ドル程度の価格になっているようです。
──いま、ワイン投資は世界的に人気ですね。オーストラリアでもそうですか?
S:「グランジ」や、“カベルネ・ソーヴィニヨンのグランジ”と呼ばれる「BIN 707」などはとくに世界の富裕層の方から人気のワインです。でも私としては、あまり特別なワインだからと構えずに、ちょっとしたハレの席で楽しんでいただけたらうれしいと思っています。家族のお祝い事などはもちろん、ちょっといい食材を奮発した日とか、こんなワインがあったらとてもハッピーですよね。そうそう、この「BIN 707」は歌手のエド・シーランがよく飲んでいるワインとしても有名です。
──エド・シーランほどの成功者なら日常的に飲めるかもしれませんね(笑)。
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ステファニーがこどものころは「両親が特別な日に開けるクラシカルなワイン」という印象だった「ペンフォールズ」だが、最近ではもう少しワインが日常的になり、若き起業家やエグゼクティブなど成功者が愛飲するワインへとイメージも変遷しているのだという。それは、最高品質を追求する「ペンフォールズ」の姿勢や、既存の概念を打ち破ろうという一種のフロンティアスピリットに対する共感の現れなのかもしれない。「ペンフォールズ」は今後もより上質に、よりラグジュアリーに進化したオーストラリアワインの象徴であり続けるだろう。
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