北野唯我(以下、北野):著書やインタビューを読んで、情報処理の仕方が少し違う印象を受けました。
小泉悠(以下、小泉):僕は壮大な理論を考えるよりも、極めて具象的に考えます。「目の前に変なものがあって面白い!」という関心の持ち方です。それがたまたま商売になった感じですね。
ここ20~30年ほどで、日本の大学でも戦争の歴史を超えて、安全保障のことを研究する流れができました。アメリカには学者でもジャーナリストでもないエキスパートが山のようにいる。そんな分厚い層が日本にはありません。僕はアカデミックと民間のライターの間にそういう階層をつくりたい。東大がやっているROLES(東大先端研創発戦略研究オープンラボ)というシンクタンクプロジェクトを安全保障の一大研究拠点にしたいです。
北野:ロシアとウクライナの戦争によって、日本の国民の考え方は変わったと思いますか?
小泉:そう思います。これまで「気をつければ戦争とかかわりあうことはない。私たちがどこかの国を侵略しなければ戦争は起こらない」という前提で戦後社会ができていました。第2次世界大戦は日本が侵略した側だし、戦後しばらく日本に攻めてくる国もなかったわけですから。
21世紀に入って20年、明らかにそうとばかり言い切れなくなった状況下で、ロシアが歴史の教科書に出てくるような侵略をした。僕はこんな戦争を21世紀に見るとは思わなかったです。政府や自衛隊の人たちだけでなく、日本の安全保障に関する社会的な考え方も変えた気がします。
北野:軍事の戦略が10年前と変わった部分は?
小泉:2013年はロシアがクリミアを獲る前ですから、国家と国家が大規模にぶん殴り合うことは当面ないと思っていました。僕は1982年生まれで、20世紀最後の大学新入生です。国際関係学の授業で「国家は相対化されていく。なくなりはしないがEUのような超国家機構に属するかもしれないし、多国籍企業やNGO、自治体を単位とする交流のほうが中心になる」と教わりました。でも、現実には大きな戦争に先祖返りしています。
古い時代の出来事と思われた戦争は、視界に入っていないけれど着実についてきている。そこにITやフェイクニュース、あるいは人権や環境といった新しい価値が出てきても、戦車部隊で殴り合うみたいな話が背後にある。ちょっと雰囲気が悪くなると、血みどろの152ミリ榴弾砲がサッと後ろから出てくるイメージです。何かが変わったというより「新しい時代に変わった」というユーフォリア(幸福感)がこの10年で失われたのかもしれません。