その理由の1つは、武器は目に見えるものであり、金政権がこれ見よがしに誇示し、その威力を見せつけているからだ。それに対して、庶民の暮らしはいまだに謎のままで、北朝鮮国外で入手できるごくわずかな写真や動画から、彼らが困窮する様子が見てとれる状態だ。
そうした状況を一変させるのが、ドキュメンタリー映画『ビヨンド・ユートピア 脱北』だ。
この映画には、韓国の牧師キム・ソンウンが登場する。牧師は、自由を求めて脱北する北朝鮮の人々を助けることは、神が自らに与えた使命だと考え、一生を捧げている。
映画は、金政権の支配下にある北朝鮮からの脱出を試みる5人家族、ロー一家の道行きと、北朝鮮に残してきた息子との再会を誓う脱北者の母親リー・ソヨンを追う。
『ビヨンド・ユートピア 脱北』は、世界の見方をがらりと変え得る作品だ。外にいる人間に、北朝鮮で生きることがいかに困難で苦しいことなのか、その実状を垣間見せているからだ。
筆者は一般公開に先駆け、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が主催した試写会で、この作品を鑑賞した。北朝鮮における人権問題を10年以上にわたってチェックしてきた人間としては、いまさら驚くことなどほとんどないだろうと考えていたが、それは間違いだった。
北朝鮮政権による人権侵害は、十分に裏づけが取れている。その状況を特に詳しく解説しているのが「北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)」が2014年に発表した、およそ400ページのレポートだ。北朝鮮政権による人道的犯罪行為が詳述されている。
北朝鮮国内で、現代版の強制収容所に抑留されている人々は、推定で8万人から12万人に上る。成人・未成年の女性は、さまざまな種類のレイプや性的暴行にたびたびさらされており、食糧不足は常態化している。
また北朝鮮の庶民は、民主主義国家で暮らす大半の人々とは異なり、自由がない。先述した国連リポートにもある通り、北朝鮮における人権侵害は、この現代において「ほかに類をみない」ものだ。