もともとIT業界の概念だった「アジャイル」(機敏)を政策や組織の運営に取り入れる動きが広がっている。技術の急速な発展に対応するためのガバナンスの仕組みとは。アジャイル・ガバナンスの第一人者に聞いた。
サイバー空間とフィジカル空間が一体化するCPS(サイバー・フィジカル・システム)が日々進化するなか、事前にリスクを想定し、政府が法的ルールを形成する従来のガバナンス・システムでは立ち行かなくなっている。最新の科学技術がもたらす負の側面を迅速に察知し、適切に対処するために必要なガバナンス・モデルとは。デジタル時代のガバナンスのあり方などを研究する法務博士の稲谷龍彦が、デジタル時代に必要な「アジャイル・ガバナンス」の考え方と仕組みを解説する。
「アジャイル」には英語で「機敏な、俊敏な」などの意味がある。技術革新やグローバル化が進み、ガバナンスの仕組みも迅速かつ柔軟に変えなければ対応できない。そこで今、検討が進むのがアジャイル・ガバナンスだ。
今までのガバナンスとの最も大きな違いのひとつは、これまで統治や規制される側であった企業や市民がルールのつくり手や制度の支え手となる点だ。従来のガバナンスの仕組みでは、政府などが描いた「あるべき姿」に沿って規制やルールが定められ、企業や市民はそれらに従うよう求められてきた。こうした仕組みをウォーターフォール・ガバナンスと呼ぶ。水が上から下へ落ちるように、決められた工程を上流から下流へと実行するイメージだ。
この仕組みは、ある原因と結果が一対一で結びつけられるような場面になじみやすい。ところが、今はAI(人工知能)やドローンなどさまざまな技術が登場し、しかもグローバルかつ急速に進化が進む。社会や経済は一段と複雑化し、インプットとアウトプットが一対一では対応しない場面が増えている。
アクター同士が連携しルール形成
ある最先端の技術を使って何か問題が起きた場面をイメージしてみよう。今ある規制やルールは、そのルールができた時点で想定できた事態や状況を前提としていて、最新技術のことは考えられていない。この場合、技術の現状や実態に最も詳しいのは政府ではなく、技術を開発した企業やその利用者だ。企業や市民の力を生かすことでスムーズに解決できる可能性が高まる。とはいえ、企業単体や一個人にできることは限られている。そのため、ほかの企業や市民、さらに政府も含めたアクター間で連携・協力することが不可欠だ。アジャイル・ガバナンスのもとでは、このマルチステークホルダーを念頭に置くことが求められる。