Forbes BrandVoice!! とは BrandVoiceは、企業や団体のコンテンツマーケティングを行うForbes JAPANの企画広告です。

2023.11.17

負債2億円から世界に認知されるコスメティックブランドへ 「SHIRO」の快進撃はなぜ生まれたのか

コロナ禍の大不況にも怯むことなく、逆境を追い風にして業績を著しく伸ばしてきたのが化粧品会社のシロだ。2023年4月、創業の地にできた北海道・砂川市の新工場は、約半年間で20万人もが訪れ、地方創生にも大きく貢献している。コロナ禍で多くの化粧品会社が衰退していった2020年、売り上げを前年比50%増と飛躍的に伸ばしたのは、同社の現会長 今井浩恵の判断だった。


マスク生活から解放され、肌を再び露出するようになった2023年、肌のケアやメイクへの感心が高まり、さらにはインバウンド需要も回復の兆しにあることから、国内化粧品市場は回復基調が鮮明になっている。とはいえ、パンデミックに襲われる以前の2019年度と比較すれば、復活の途上といえる段階である。大手化粧品会社がブランドの一部を切り売りするような美容界の不況時代に、すさまじい勢いで成長を遂げているのがシロの自社コスメティックブランド「SHIRO」だ。

負債額2億円。北海道の土産物製造メーカーからスタート


美容感度の高い層からジェンダー問わず支持され、表参道の本店や化粧品の“聖地”として知られる伊勢丹新宿店のSHIROの売り場では、コスメを求める人でつねにごったがえしている。

一見、都会的な印象だが、製造の拠点は、北海道の札幌市から80㎞ほど離れた道央地方の小さなまち、砂川。先代の創業当初は土産物の製造メーカーだった同社が、どれほどの巧みな戦略で今の地位まで上り詰めたのか。その術をたずねると「特別なことはなにもしていない。人として当たり前のことをしただけ」と今井は語る。

その「当たり前」という気持ちは、化粧品業界に存在する暗黙のルールに対する強い違和感から生まれたものだった。「化粧品の配合は厚生労働省の『化粧品基準』というルールはありますが、何を何%入れるかは各社の自主判断。水に少しの保湿剤を入れて一滴、二滴のエキスをたらした“ほぼ水”が、ローションとしてまかり通る世の中です。肌に大したアプローチができるわけがないと感じながらも、当時はOEM事業(他社ブランド品の製造)が化粧品製造の主軸。売り上げのために依頼を請け負うしかありませんでした。もちろん、“ほぼ水”がお客様に響くわけもなく、新商品の販売日を心待ちにして待っている人は一人もいません。この世から消えても気づかれないような化粧品を手に、誰のための化粧品づくりだっけ……と自問自答する日々が続きました」

そこで今井は大きな決断をする。シロの前身となるローレルに入社して6年目の2000年、26歳という若さで今井が社長に就任し、その後もOEM事業を続けながら赤字経営を脱却し、自社ブランド(当時LAUREL)をスタートするため、動き始めた。

社長就任から10年目、満を持して2009年に化粧品の自社ブランド「LAUREL」を立ち上げることになる。これまでの化粧品づくりや業界の慣習を抜け出し、新たなビジネスモデルを構築する根幹となったのは、「自分が毎日使いたいものをつくる」という強い想い。2年後には、素材のよさを生かし、その恩恵を凝縮したブランド、「sozai LAUREL」を展開。プロダクトの主役となる素材を求め、今井自ら全国を飛び回り、産地に出向き、生産者に熱い想いを伝えた。

シロ代表取締役会長兼ファウンダー/ブランドプロデューサー 今井浩恵

シロ代表取締役会長兼ファウンダー/ブランドプロデューサー 今井浩恵

素材を直接買い付けるようになるとコスト面のメリットも大きかった。「材料メーカーを通さず、生産者の方と直接やりとりすると、素材コストは大幅に抑えられます。OEM事業で手掛けていた同じ価格帯の化粧品と比較して数十倍のエキスを使えるようになる。ほぼエキスだけで製品をつくるなど、OEM時代にはやりたくても叶わなかったものづくりができるようになりました」

「自分たちが毎日使いたいものをつくる」を信念に


質のよいエキスが凝縮した製品を美容ファンが放っておくわけがなく、LAURELの製品はクチコミを中心にじわじわと人気を拡大していった。気づいてみれば、OEM業務をやめたことで落ちた売り上げの溝を余裕で埋める勢いだったという。

2015年にはブランド名を「shiro」に変更。パッケージが装飾的だった「LAUREL」時代から一新し、白ベースにグレーのロゴのみとなった“ルックス”の変貌には、今井の自信が隠されていた。

「製品に自信がないから装飾をゴテゴテにしていたけれど、その必要はなくなりました。素材が持つよさを最大限に引き出し、余計なものを加えない。究極の引き算から生まれたのが今のSHIROのブランディングです」

ここから快進撃が始まる。2016年のロンドン出店を皮切りに世界市場へ進出し、2019年のリブランディングにより、ロゴを英小文字から現在の大文字を使った「SHIRO」へ。美容業界では知らない者はいないほどの認知度を経て、年商150億円の企業へと辿り着いた。

現在、フレグランスからスキンケア、メイクアップ製品までバラエティに富んだ製品を展開しているが、唯一無二といえるのが生産者の“顔”が見える素材を使ったシリーズ。

栄養価は高いが硬くて食用にならない「がごめ昆布」を水に浸して抽出した“強いとろみ”を持つ美容液や「酒かす」と「米ぬか」を手搾りによって抽出したエキスの化粧水、かつては細さや虫食いを理由に8割も廃棄されていた「ラワンぶき」を切ったときに茎から滴る水を詰めた化粧水など、自然の恵みを最大限に生かし、むだなものを生み出さない製品づくりがサスティナブル消費に配慮する人々に見事にフィットした。

左:がごめ昆布、右:ラワンぶき

左:がごめ昆布、右:ラワンぶき

「昔からオフィスに籠るのは週1日程度。現在もよく出歩いています。SHIROの製品の材料となる素材も全国の生産者のもとに出向き見つけたのですが、偶然の出会いが多い。行政の情報を頼りに訪れた函館で、いまやSHIROのスター成分であるがごめ昆布と偶然に出会いました。酒かすもそう。全国レベルで探していたものの納得いく酒かすと出会えずにいたところ、日本酒好きの社員が愛飲していた酒造のものを試しに取り寄せたら、これがバツグンにクリアだったのです。逆にいいものを探そうと必死になると、肩透かしをくらったりするものです。そういった偶然の連続がいまのSHIROを支える財産になっています」

取り組んで当然、が評価につながる


捨てていたものに“勝機”を見出した。ただそれは“後付け”の評価だった。「捨てられている素材だから使ったわけではありません。すばらしい成分を含む素材が捨てられているものだったから、うまく活用できてみんなが幸せというだけ(笑)。サスティナブルな企業として評価されることには違和感があります。お客様にとっていいと思えることを追求したら生産者も潤い、環境にも経営にも役立って三方良しになっただけ。当然のことをやって評価されると、むしろ驚いちゃう」と笑って見せた。

かつての赤字企業を世界に冠する化粧品会社へと成長させたブレイクスルーについても「すべて運がよかっただけ」と話す今井。しかし、その運を引き寄せているのは、間違いなく今井本人である。

2020年、新型コロナウィルス感染症の流行によるマスク装着や自粛生活が影響し、コスメ消費量は大きく減り、多くの化粧品ブランドが苦戦している中でもSHIROは売り上げが好調に推移した。

「SHIROのものづくりは、私が見つけた素材を開発者に託して魅力を引き出す成分に仕立ててもらい、製品に配合するというシンプルな構造。製品化のスピードが早いというのが特徴です。その強みを生かし、コロナ禍では、既存の生産ラインをすべて止めて急きょ需要があったアルコール配合製品を製造しました。弊社は医療機関でも医療メーカーでもないけれど、できることはないか、そう考えたときに不足した製品をつくることで世の中のニーズに応えることができました。誰しも気持ちが落ち込んだ時期ですから、SHIROらしい優しい香りがするという点も大きな反響につながりました」

いい素材を使い、努力を惜しまないものづくりから生まれるSHIROプロダクトの品質向上は当然の帰結となり、認知度が高まる。2019年のリブランディング以降には、欠品が出ることも増えるようになり、自社工場を増設する話が出るようになった。

「本社機能は東京・青山に移しているので、経費などを考える会社側から関東近県に工場をと望む声がありましたが、私はSHIROの原点である北海道・砂川市に新工場を建設するべきだと考えたのです。SHIROの前身となるローレルの入社式で先代から『これまで先人たちの税金でできた公園や学校で育ってきていまがあり、そういった環境を次世代に残すために働くべき』という意識を“インストール”されています。恩返しという観点で考えを巡らせたとき、SHIROの創業地である砂川以外に行く理由はありませんでした」

新工場はただの製造拠点にとどまらず、地域貢献への場となった。まず、今井が決めたのは、「誰も排除しない」というテーマ。そのためにどんな施設にするべきなのか、10回以上もワークショップを開き、地元の人の声に耳を傾ける機会を設けた。そこから出てきたのが「大人の居場所がない」という声。

「私が砂川に住んだ10年を振り返ったときに、カフェもなく、一人でひと息つく場所は車の中だけだったことを思い出して。すぐにその意見を取り入れるため、当初、工場エリア以外の部分は、子どもを主とした施設から大幅に設計を変更しました。工場エリアについても、開けた空間でいつでも身近に感じてもらえるようガラス一枚で仕切るだけにして見学通路もつくりませんでした」


工場の様子。働く人と見学する人の目線の高さが同じというのもこだわりだという。

工場の様子。働く人と見学する人の目線の高さが同じというのもこだわりだという。

「工場見学は上から見下ろすスタイルが多いですが、工場で働く人はSHIROの製品を生み出すつくり手としてなくてはならない存在。もっと評価されるべきだと思いました。だからこそ、オシャレだと言っていただくことの多い作業服にも徹底的にこだわりました。最近では、従業員が子どもから『SHIROで働きたい』と言われたと聞きました。砂川で働く価値の高まりを感じられ、うれしいですね」

“みんなの工場”と名付けられた新工場には、子どもが自由に遊べるジャングルネットが設置され、ここでしかできない自分だけのフレグランスを調合するブレンダーラボもがあり、ライブラリーコーナーも常設されている。北海道の食材を使ったカフェは平日でも何組ものウエイティングがかかるほどの人気だ。受付のスタッフによれば、訪れる客は月間3〜4万人という。人口1万6千人ほどの小さなまちは、“みんなの工場”効果で飲食店に人が流れ、SNSで多くの魅力を発信されている。その経済効果はいうまでもなく、地域が抱えていた集客効果の改善にも役割を果たしている。

シロは2021年に「みんなのすながわプロジェクト」を立ち上げた。市民や興味を持つ人々とともに、砂川市やみんなの工場を「世界中から人が集まり、誰もが感動体験を持ち帰ることのできる場所」にすることを目指し、市民や子どもたちが主役のまちづくりを進めている。

誰もが笑顔ですごせる未来のためにできるすべてを


みんなの工場の床材や壁だけでなく、2024年春に開業する北海道夕張郡長沼町の宿泊施設「MAISON SHIRO(メゾンシロ)」では、建材のすべてに通常はチップや薪に使われている間伐材や皆伐材を使用している。2021年に社長職を退き、会長に就任した今井が本気で向き合っているのが森の循環を正常化する働きかけだ。

「いま山に入ると丸裸の土地や細い木ばかりが目立ちますが、それは補助金を目的とした皆伐と植林が繰り返されているからだそう。良質な国産の木材は流通網が発達していないためにチップや紙など、安い材料として扱われてしまいがちです。それでいて建築資材としては安さだけを重視して外材が用いられる。日本の国土の約7割は森林が占めているのに、木材に使われることなく、森が廃れていく。そんな現状に直面したとき、50年育った木を50年使えるプロダクトとして世に送り出せれば、林業従事者の収入も安定し、森を救えるはずだと感じました。現在はそれを実現するために日々、活動していて、毎週のように森に通う生活です。白樺はいい香りがしますし、そこらへんに生えている草にもSHIROの素材としてすぐに使えるようなものがたくさんあります。SHIROとしての取り組みでは限定的になる部分もありますが、会長になったいまは、一企業として社会課題に真っ向から向き合い、地球環境をよくすることで、未来に誰もが笑顔ですごせるように自分たちになにができるのかを考えています。できることは全部やってやろうという意気込みでいます」

英国にとどまらず、2023年秋には台湾に実店舗が開店。英国、台湾、米国ではEC販売、中国では越境ECも行う。今後はさらにアジアを中心にグローバル展開を加速していく。いまや世界が注目するブランドSHIROは、宿泊業にも参入。「世界中の人を砂川に呼び込みたい」と今井が語る夢が実現する日はそう遠くなさそうだ。


今井浩恵
シロ代表取締役会長兼ファウンダー/ブランドプロデューサー。1974年、北海道・旭川市生まれ。1995年、土産物品を製造販売する「ローレル」に入社。入社6年目の2000年、26歳で社長に就任。その後、化粧品事業を拡大し、2009年に自社ブランド「LAUREL」をスタート。2010年には「SHIRO」の原型となるスキンケアブランド「sozai LAUREL」を展開。2015年に名前を「shiro」に変更し、2016年には海外進出を果たす。2019年、ブランド設立10周年を迎え、社名を株式会社シロ、ロゴを「SHIRO」に変更。2021年、同社代表取締役会長兼ファウンダー/ブランドプロデューサー就任。

シロ
本社/東京都港区北青山3-6-7 青山パラシオタワー8F
URL/https://hello.shiro-shiro.jp/
従業員/516人(2023年10月31日 時点)

>>EOY Japan 特設サイトはこちら

Promoted by EY Japan|Text by Yuko Kaneko|Photographs by Shuji Goto|Edited by Kana Homma

ForbesBrandVoice