なぜ、今、カルチャープレナーなのか?歴史の周期が生み出す日本文化の世界展開

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「Forbes JAPAN」2023年11月号(9月25日発売)では、文化を軸に世界で稼ぐ「カルチャープレナー」を特集。文化やクリエイティブ領域の活動によって、それまでになかった革新的なビジネスを展開し、豊かな世界を実現しようと試みる若き文化起業家を30人選出し、その活動とこれからの可能性について紹介した。

社会構造が転換するとき、歴史はカルチャープレナーを生み出す。文化起業家の登場は何を意味するのか。弊誌編集長の藤吉雅春が、カルチャープレナー誕生の歴史背景を紐解く。


上の写真をご存知だろうか。1997年、44歳の若さで英国首相に就任したトニー・ブレアが、官邸でロックスター、オアシスのノエル・ギャラガーと握手をする場面だ。大勢のアーティストを招待したレセプションでの一コマだが、政治家が有名人を利用する人気取りとは趣が異なる。

当時、オアシスだけでなく、若者たちのドラッグカルチャーをスタイリッシュに描いて大ヒットした映画『トレインスポッティング』など、労働者階級の音楽、映画、ファッション、あるいはセンセーショナルな作品で知られる現代アートのデミアン・ハーストらの活動は、「クール・ブリタニア(かっこいい英国)」と名づけられた。このころ、ブレア新政権には喫緊の課題があった。

1979年のサッチャー政権誕生時、製造業は約680万人の労働者がいたが半減。製造業の壊滅的な衰退のもと、新産業による雇用の創出は急務だった。ブレアは若い政策ブレーンたちを登用した。そのひとりが、フィナンシャル・タイムズの元東京支局長で、大ヒット小説『ブリジット・ジョーンズの日記』の原案を作家に提供したチャールズ・リードビーターである。彼が仲間とまとめた政策提言の題名こそ、 “The Independents:Britain’s new cultural entrepreneur(英国の新文化起業家)” だ。今回、私たちが特集するカルチャープレナーの英国版が、26年前に事例とともに提案されたのだ。

KEYWORD1|イギリスのソフトパワー政策
世界初のクリエイティブ産業政策といわれ、ファッションのポール・スミスなどすでに世界的な地位を確立していた大物も協力した。国家ブランド戦略の中心にいたのがDEMOSという若手中心のシンクタンクだった。リードビーターらの政策提言「The Independents」は、現在もDEMOSのHPで閲覧ができる。

このレポートに頻繁に登場する「インディペンデントたち」とは独立系小規模事業者のこと。プロデューサー、デザイナー、研究者など、「整然としたカテゴリーには収まらない」とあり、例えばひとつのバンドがデビューすると、付随してビデオ制作をはじめ、地元仲間のネットワークを通じて次々とビジネスが生まれる。これがクリエイティブ産業である。

インディペンデントの特徴は3つだ。
1.コンピューターが武器のインターネット第一世代
2.親が若いころに反体制的だった世代で、自由、 独立、粋なことを重んじる価値観で育っている
3.起業家精神をもっている

零細だが無数の文化起業家たちはひとつの産業となり、4~5%の経済成長を遂げ(全体の成長率の倍)、150万人の雇用と80億ポンドの収益が予測された。そして経済性以上に芽生えたのが「誇り」だという。誰もがもっている内なる創造性が切り札となり、クールなコンテンツとして「新しい英国」を国内外に見せつける。破れたジーンズを履いた労働者階級出身のロックスターが、官邸で首相と握手する写真は、若者たちにとって誇り高き逆転の物語だったのだ。
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文=藤吉雅春

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年11月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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