そんな中、米ボストンを拠点とするフォーム・エナジーは、1トンあたり115ドルという安価でありふれた素材である鉄を用いたバッテリーの製造に注力している。「鉄をベースにしたバッテリーなら、いくらでも規模を拡大できます」と語る同社の創業者でCEOのマテオ・ジャラミロ(46)は、かつてテスラに在籍時に家庭用蓄電池の「パワーウォール」を開発した人物だ。
フォーム社が開発した電池は、鉄に酸化・還元反応を生じさせ、その課程でバッテリーの充電と放電を行う「鉄空気電池」で、少なくとも100時間は電気を蓄えておける。
フォーム社は、この技術を商業化するため、ビル・ゲイツのブレークスルー・エナジー・ベンチャーズを含む投資家から8億1000万ドル(約1210億円)以上を調達した。同社は、昨年の市場規模が4300億ドル、10年後には1兆7000億ドルに達する可能性があるとされる電力貯蔵システム業界に乗り込もうとしており、ウェストバージニア州の製鉄所跡地に7億6000万ドルを投じて最初の工場を建設している。
2035年までに100%カーボンフリーの電力を供給する目標を掲げる米国は、太陽光発電や風力発電の施設を拡大し、電力の貯蔵システムの整備を進めている。現状では、そこで用いられるバッテリーの大半が、リチウムイオン電池だが、テキサス大学オースティン校のエネルギー専門家のマイケル・ウェバー教授は「今後のすべてのニーズに対応できるツールがリチウムイオンだけだとは思えない」と語る。
フォーム社の出資元のエナジー・インパクト・パートナーズのCTOでもあるウェバー教授によると、電力会社の大半は、エネルギー需要が高まり再生可能エネルギーが減少する午後4時から8時に、顧客に電力を送るためにリチウムイオン電池を用いている。しかし、送電網には長期的な蓄電オプションも必要だ。
「私たちの体には、短距離走に適した筋肉とマラソン用の筋肉がありますが、リチウムイオンはすばやい反応に最適な筋肉に例えられます。しかし、マラソンのための筋肉も必要なのです」とウェーバー教授はいう。
フォーム社のシステムは、日々の需要パターンに合わせて発電量を調整可能な天然ガス発電所を競合に見据えている。この競争に勝つために同社は、1キロワット時あたりのコストが20ドルで、最低10年は使用可能なバッテリーモジュールを提供しようとしている。それに比べ、リチウムイオン電池のコストは10年後には半減する可能性があるが、現状で1キロワット時あたり約150ドルもする。