日本古来のクリエイティブな感性を生かす「デジタル時代の粋」

およそ250年以上前に生まれたとされている、日本人独自の美意識「粋」。私たち日本人でさえも、なかなか言語化が難しいつかみどころのない言葉でもある。この「粋」が、いまこのデジタル時代に求められていると感じる。単なる情報の行き来のなかに、ちょっとした思いやりを加えることができたら? 実際の事例を交えながら「粋」の可能デジタル時代の粋性を紹介する。


「粋だねえ。」それはかっこいい、ヤバい、イケてるとも表現しきれない褒め言葉として、若者の間でも今なお使われている。ということは、江戸時代に生まれた日本古来の素敵な心「粋」は、アナログ時代からデジタル時代に移り変わった今も生き続けているのである。そこで私は「デジタル時代の粋」をご紹介したい。生きにくいといわれるデジタル時代でも自分なりの方法で人生を楽しむ、クリエイティブな感性「粋」を生かすヒントを探る。

私は東京生まれ東京育ちの25歳。大学時代、ひとりの組子職人と出会い「粋」に心を奪われた。人情の機微に通じた振る舞い、ユーモアにあふれた話、欲をもたない考え方……。「粋」は人生を楽しむヒントに思えた。そんな「粋」に初めて出合ったのは2020年。東京から夜行バスで14時間、山道を3時間半歩いて島根の山奥の工房で出会った職人は、究極の遊び心の持ち主。10年もの年月をかけて、サッカーボールのような球体の組子を発明してしまったり、夏は水車をつくり小学生と遊び、秋は栗を拾って栗ご飯をつくる。まるでタイムスリップしたかのような昔ながらの生活、自然と共存する暮らし。

不便ささえも楽しんでしまう生き方こそ、美しいと感じた。そんな「粋きざま」にほれ、何度も遊びに通ううちに、彼の発明した唯一無二の完全球体組子の技術を教わるようになり、自分も2人目の組人になった。後に入社した会社を独立し、今では「粋」を探求するクリエイターとして生きている。
島根の工房で組子の技術を教わる。膨大な時と手間を供にし、今では島根の父的存在。

島根の工房で組子の技術を教わる。膨大な時と手間を供にし、今では島根の父的存在。

では「粋」とはなんなのか。始まりは江戸時代の庶民の生活からといわれている。例えば、傘の滴で相手をぬらさないよう相手と反対側に傘を傾ける「傘かしげ」、どこか現実を突き放し、面白がってしまおうとする精神「洒落」、隣家の人が一日ご飯を食べた気配がなければ、それを察して前掛けに隠してにぎり飯のひとつでも届けに行く「おたげえさま」など、異文化の人々が集い禁制の厳しかった江戸で育まれた「粋」の根底にあるのは「どんな状況でも生きることを面白がる心」であると私は解釈している。

この心は決して古いものではなく、200年の時を超えて今も生き続けていることがわかった。こんな素敵な心を無視するのはもったいない。今日はそのなかでも3つだけ事例をご紹介しよう。

ムダこそ「粋」。CODEの世界の「粋」

CODEとは、Webサイトやアプリを動かすための文字や数字の並んだ命令データのこと。その命令データのなかには、機能しない「ムダなもの」=「コメント」を入れることができる。以前先輩から送られたデータには、初心者の私向けにそれぞれのCODEの役割を示す、丁寧なコメントが添えられていた。ムダなもの、見えない部分に心を配る「粋」な計らい。
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文=鈴木 舞 イラストレーション=尾黒ケンジ

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年11月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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