映画

2023.10.21

父親に見えなかった娘の本当の姿とは│映画「空白」

映画「空白」より イラスト=大野左紀子

思春期の子どもと親との関係の難しさは、よく話題になる。それは子どもが、親の知らない自分だけの世界を持つようになるからだ。当然、秘密も生まれる。

だが往々にして親は、変化した子どもに対応できず、自分の知っている子どものイメージを投影し続け、親子の間のずれが広がっていく。

「空白」(𠮷田恵輔監督、2021)は、突然娘を事故で失ったシングルファーザーが、最終的にそのずれの原因が己にあったと気づくまでのドラマである。

怒りで暴走する父親・充

冒頭のシーンは、明るい光の中、港沿いの道を一人歩くセーラー服の少女、添田花音(伊藤蒼)。大人しそうな顔立ちにはどこか淋しげな影がある。

彼女の父は、漁師の添田充(古田新太)。彼のいささか粗暴な振る舞いや短気な性格は、一緒に船に乗っている弟子の龍馬(藤原季節)への態度に始まり随所で描かれていく。娘の花音が、再婚している元妻の翔子(田畑智子)と連絡を取り合って会ったりしているのも、充は気に入らない。花音はそんな父との二人暮らしに、閉塞感を覚えている。

ある日、地元のスーパーでマニキュアの万引きを見咎められた花音は、追いかける店長を振り切って逃げる途中で車道に飛び出し、凄惨な二重事故に巻き込まれて命を落とす。

充は、花音を追いかけていたスーパー店長の青柳直人(松坂桃李)を葬儀の場で激しく威嚇し、次いで花音の通っていた学校に乗り込んで「いじめがあったんじゃないか」と校長らを問い詰める。

怒りで暴走気味の充の行動をマスコミは逐一追いかけ、結果的に加害者の立場になってしまった直人には人々の非難の視線が向けられるようになる。

古田新太の演じる父・充と、松坂桃李の演じる店長・直人の、顔面の対比感が強烈だ。長年潮風に晒されてきたような皮膚の厚みに、暴力沙汰の三つや四つは潜り抜けてきた感のある、圧倒的にふてぶてしい面構えの充。一方、整ってはいるがどこか坊ちゃん臭い甘さがあり、内面に鬱屈を抱えながらもそれを抑圧している空気も漂わせた直人。どう見ても、直人に勝ち目はない。

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文=大野左紀子

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