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2023.10.17 13:45

大和ハウス工業創業者、石橋信夫さん|私が尊敬するカリスマ経営者

その後、「ミゼットハウス」を拡大し、家族がゆったりと生活できる空間を確保した「スーパーミゼットハウス」も開発。折からの皇太子のご成婚ブームと相まって、若者層がこぞって家を、「スーパーミゼットハウス」を買い求めた。一時は生産が追いつかず納入まで数カ月もかかるような人気だった。

大和ハウスは着実に成長していった。それを支えたのは、手軽に、しかも丈夫な家を提供したいという石橋の思いだった。

石橋の精神の根底には、シベリアの忘れがたい記憶が横たわっていた。マイナス20度を超える極寒の中、石橋らは粗末な丸太を組んだだけの家を与えられ、その寒さと飢えを耐え忍んだ。翌朝、目を覚ますと昨日まで元気だった親友が凍死していた。もう少しあたたかな家があれば、もう少し寒さをしのげれば…。安価で丈夫な家を提供し続けた石橋は、シベリアの凍死で亡くなった戦友たちへの痛切な思いを忘れることはなかった。

大和ハウス工業の「大和」は、かつての都「やまと(大和)」からとったものだ。石橋にとって、家がもたらす安心は日本の国が持つ安心感と同じだったからだろう。

石橋信夫 年譜 

1921 奈良県に生まれる。 
1939 奈良県立吉野林業学校卒業後、満州営林庁敦化営林署勤務。
1942 前橋陸軍予備士官学校 卒業。
1949 吉野中央木材取締役就任。 
1955 大和ハウス工業を設立。 常務取締役に就任。 
1959 日本初のプレハブ住宅、 ミゼットハウスを発売。 
1960 スーパーミゼットハウスを発売。
1961 東証・大証・名証に上場。
1963 代表取締役社長に就任。
1971 経済団体連合会理事 就任。
1979 藍綬褒章受章。 
1980 代表取締役会長就任。
1992 代表取締役相談役に就任。
2003 81歳で逝去。 


児玉 博◎1959年生まれ。大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。2016年、『堤清二「最後の肉声」』で第47回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。単行本化した『堤清二罪と業最後の「告白」』のほか、『起業家の勇気 USEN宇野康秀とベンチャーの興亡』『堕ちたバンカー 國重惇史の告白』など著書多数。

文 =児玉 博 イラストレーション=フィリップ・ペライッチ

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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