MUFGはパーパスに「世界が進むチカラになる」を掲げ、5つの優先領域を設定し社会貢献活動を推進している。2023年8月、優先領域のひとつである「文化の保全と伝承」の中核を成す活動として「MUFG工芸プロジェクト」を発足した。
伝統は革新の連続によりつくられる
亀澤:工芸は日本のものづくりの根幹であり、文化という側面だけでなく産業にも関係しています。自然素材を使った作品は修繕が可能で、継続的に使い続けることができる。いま求められているサステナブルな社会づくりに非常に近く、我々も学ぶことが多いと感じています。また秋元先生にお話を伺った際、一番心に刺さったのが「伝統と革新」という言葉です。工芸は時代の変化に合わせた革新があったからこそ、伝統が現在まで受け継がれてきたと。秋元:そうですね。例えば木工芸作家の中川周士さんは、木桶の新しい可能性として美しい湾曲が特徴的なシャンパンクーラーを製作しています。でも彼は「革新的なものをつくろう」と意気込んでいたわけではない。裏付けされた高度な技術によって素材の特徴を活かし、いつもの手仕事のなかから現場の柔軟性や経験の持つチカラの延長線でつくりあげた。こうした小さな挑戦が後に革新となり、伝統になっていくのだと思います。
亀澤:そういうところが実に面白いですよね。便利で効率的なものをつくろうと設計図を用いるのではなく、素材を活かしながらいろいろな技術を取り入れていくうちに新しいものができあがる。まさに伝統と革新ですね。我々は金融機関が故に伝統的・保守的な部分がありますが、だからこそ革新する必要がある。本プロジェクトを通じて、工芸について深く学び、変化の大きな時代を生き抜くヒントを得ていきたいと思っています。
伝承と育成における工芸とビジネスの共通点
秋元:いまの若手工芸家は大学で工芸を学び、そこから改めて工房などで研鑽する流れが多い。そのため、伝統的なものをただつくっていくというよりも、何かしらのアイデアを工芸の技術や工法に取り入れたものづくりをしています。伝統産業としての工芸は継続が難しくなってきていますが、若い世代による挑戦は続いています。亀澤:伝統の継承や革新という観点では、工芸のジャンルではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
秋元:工芸の継承と革新を進めるポイントはいくつかありますが、ひとつは新しいお客様をどう探すか。もうひとつは製作者の育成です。海外でも注目されている南部鉄瓶の作家 田山貴紘さんは、この2つをうまく取り入れた育成を行なっています。南部鉄器といえば表面に施されたゴツゴツとした装飾と重厚感が特徴的ですが、田山さんは丸みを帯びたフォルムを活かし、表面が滑らかで軽く、比較的安価な「あかいりんご」という作品をつくっています。
実はこの作品は若手育成にも用いられていて、南部鉄器をつくる上で学ばなければならない基本要素がすべて入っている。つくり手にとってはベーシックな技術を学ぶことができ、そして消費者は新しい価値を持つ南部鉄器を手軽に楽しむことができる。実際にこの作品は多くのファンを獲得し、数ヶ月待ちの状態が続いています。
亀澤:価値の再定義ですね。いま、まさに企業が行なっていることそのものです。自社が持っている価値を掘り下げることで本当の強みを見つけ出し、再定義する。木材と漆でサーフボードを製作された堤浅吉漆店 堤 卓也さんの挑戦も同じですよね。塗料や接着剤としてだけでなく、補強という価値を打ち出すことで漆の強みを再定義された。これは企業経営や企業変革に非常に通じるものがあります。
秋元:MUFGは若い社員の発想を取り入れる施策を行なっていらっしゃるとか。
亀澤:22年に新事業創出活動を強化するため、社員による新規ビジネスコンテスト「Spark X」を発足しました。初年度は650ものアイデアが集まり、優勝者は新設した会社で、実際に新規事業に取り組んでいます。また、社会に貢献したいという社員の意欲をサポートする「MUFG SOUL」では、社員一人ひとりの社会課題解決のアイデアに対し、活動資金を拠出。地域の図書館に本を寄付して読み聞かせをするなど、多岐にわたる活動を行っています。
秋元:暮らしている街や自分と関わりのある事柄を通じて社会をどう見るのか。そういう感覚はこれからのビジネスにとても必要なことだと思います。データや数値で世界を抽象的に眺めるのではなく、自分が参加者になって考える。とてもユニークで貴重な取り組みですね。
持続可能な未来のためにできること
秋元:工芸は明治以降、欧米化していく社会のなかで「工芸=日本文化」として守られてきましたが、いまはそういう時代ではなくなりました。特に概念的な現代アートと実際のものであるクラフトにはある種のヒエラルキーのようなものがありましたが、それも壊れ始めている。いまは概念的なものよりも、大切なのは「ものが持っている強さ」であるという流れがうまれています。どんな素材を使い、どのような技術でつくられているのか。そういったわかりやすさを改めて提示することで、使う側の理解も深まり、壊れても修繕して使うような工芸的な考え方も浸透するのではないでしょうか。また衰退化している産業でも解決策を模索している人々がいます。そうした現場に活力が与えられるよう、若手のアイデアを共有できる場を設けることも、今後は必要だと思っています。
亀澤:我々も工芸が発展していける環境を構築したいと考えています。金融にはさまざまなものを「つなぐ」力があります。遠隔地をつなぐ、ファイナンスを必要とする事業者と余資を運用する預金者や投資家をつなぐ、事業や資産を次世代につなぐなど、金融サービスはいずれもなにかをつなぐ機能を備えています。こうした強みを生かし、つくり手と使い手をつなぐ、産業の現場と若手をつなぐ、工芸を世界につなぐなど、多角的な支援ができるのではないかと思っています。
私もお客様の工場に行くことがあるのですが、多くの工場で「細かい部品の最後の仕上げは日本の職人技でしかできない」や「工芸の技術が使われている」という話を聞きます。工芸の技術は、実は最先端の凄い技術なんですね。我々だけでなく産業界でも工芸を大切に思う方は多いと思うので、本プロジェクトを起点に支援の輪をつないでいけたらと考えています。
秋元:展示会などを行う際には、見せ方にも変化が必要だと感じています。日本人は作品を見ると「どうやって作るのか」と考えますが、海外の人々は「何を表現しているのか」と尋ねます。そこで、素材の特性やものづくりの工程を伝える展示会を海外で行ったところ、予想を超える反響がありました。
工芸はできあがった作品に価値があるように捉えられがちですが、ものづくりという観点ではプロセスの方が非常に重要です。こうした過程を見せていけるような活動ができると、工芸が持つダイナミズムを伝えられるのではないかと考えています。
亀澤:工芸を分解する展示会、いいですね。我々にとっては当たり前のことでも、別の角度から見るととても価値がある。さまざまな場で、こうした取り組みを反映できるといいですね。
金融機関である我々は、国内外に拠点網や人脈などさまざまなネットワークを有しています。人、地域、世代など、あらゆるものをつないでいくことで、パーパスに掲げた「世界が進むチカラになる。」を実現していきたいと思っています。
その世界はお客様でも社員でも、地域や産業でもいい。ただ支援するだけではなく、伝統と革新を軸とする工芸が持つサステナブルな思想を学びながら、ともに成長していきたいと思っています。
かめざわ・ひろのり◎1986年東京大学大学院理学系修士課程を修了後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。2010年に三菱UFJ銀行・MUFG執行役員に就任し、以降、本部企画担当、米州副本部長を歴任。その後システム・デジタル領域でも要職を歴任しグループのDXを推進。20年より現職。
あきもと・ゆうじ◎東京藝術大学卒業後、1991年に福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。「ベネッセアートサイト直島」として知られるアートプロジェクトの主担当となる。2004年より地中美術館館長/公益財団法人直島福武美術館財団常務理事に就任。退職後、07年より金沢21世紀美術館館長に就任。10年間務めたのち退職し、東京藝術大学美術館館長を経て現職。