働き方

2023.10.10 11:15

クロスオーバーの力

筆者が、この制度を考えたのは、学生時代、工学部の教授が語った言葉が心に残っているからである。この言葉は、いまも、決して古くなっていない。「工学とはTechnologyを扱う学問だ。だから、『T型』の人材になりなさい。すなわち、この縦のIのように一つの専門分野を深く学ぶだけでなく、横の一のように他の分野の知識も持った人材になりなさい。決して“専門馬鹿”になってはいけない」
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実際、社会に出て仕事に取り組むと、自分の専門だけでできる仕事は限られており、仕事の幅を広げ、働き甲斐のある高度な仕事に挑戦しようとすると、自然に、そして、必ず、他の専門分野の人材と協働する力が求められるようになり、さらには、彼らをマネジメントする力が求められるようになる。こう述べると「クロスオーバーの力」とは、当たり前の力と思われるかもしれないが、実は、この力を高度な次元で身につけている人材は、多くない。

その理由は、真に「クロスオーバーの力」を身につけるためには、「多様な仕事の体験を積んでいること」「それぞれの体験から深く学んでいること」の2つが求められるからである。

それゆえ、この力を身につけている人材には、一つの共通点がある。それは「望まぬ仕事」や「不向きな仕事」が与えられたとき、決して後ろ向きにならず、仕事に正対して取り組んできた人材である。
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こうした人材は、「転職」という体験も、それぞれの職業で最善を尽くし、学ぶべきことを学びながら転職をするため、その経歴が、確実に仕事の幅を広げ、異業種との協働の力を高めている。

「クロスオーバーの力」とは、何か高尚な概念ではない。それは、「人生で与えられる経験には、すべて深い意味がある」との覚悟を定めて歩んだ人間が、気がつけば身につけている力であり、それは、どのような仕事であっても真摯に取り組みながら、人生を歩んだ人間に与えられる、恩寵なのであろう。


田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。学校法人「21世紀アカデメイア」学長。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。全国8000名の経営者やリーダーが集う田坂塾塾長。著書は『成長の技法』『教養を磨く』など100冊余。

文=田坂広志

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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