欧州

2023.10.10 10:00

世界最大「レンタル電動キックボード」市場の街パリがその禁止を決めるまで

安井克至
電動キックボードによって最大の影響を被ったのは、人口密度が最も高く、観光地としても人気のパリだ。パリ市長を長く務めるアンヌ・イダルゴ率いる当局はすぐさま、運転免許が不要である電動キックボードについては適切な法令が存在せず、レンタル企業に説明責任はなく、対人事故を起こした電動キックボード利用者の特定は難しいことを把握した。

2019年から2022年にかけて、状況は変化した。イダルゴ市長は2020年、レンタル企業への規制を強化し、運営業者を3社に限定。提供台数を1万5000台に制限した(1社あたり5000台まで)。

また、制限速度を時速20キロまでにしたとともに、利用者について、データ主導型の管理体制を強めるよう強制した。その結果、2023年には条例に違反した場合や、電動キックボードが絡んだ事故が発生した場合には、レンタル利用者の身元を、市当局がすぐに確認できるようになっていた。

しかし2021年6月には、2件目の死亡事故がパリで発生した。犠牲となったのは、以前から心配されていたように歩行者だった(電動キックボードは歩道を走ってはいけないという規則があったが、守られていないことが多かったのだ)。この事故では、31歳のイタリア女性が、郊外に住む非番の看護師2人が相乗りしていた電動キックボードに衝突された。2人は夜遊びを楽しんだあとだったらしく、酔っ払い運転だった。事件の当事者2人が看護師だったという大きな皮肉が火に油を注ぎ、市当局の不信と怒りはさらに強まった。

パリ警察によれば、2022年にパリ市内で発生した電動キックボードや類似の乗り物関連の事故は400件を超え、3人が死亡、459人が負傷した(警察の統計では、レンタル電動キックボードによる事故数と負傷者数を区別していない。なお、2021年のフランス全土での電動キックボード関連の事故による死者は24人、このうち1人がパリでの死亡者だった)。

2023年4月のパリ住民投票で、圧倒的多数が全面禁止に賛成票を投じる流れに拍車がかかった要因は、ほかにもある。欧州では一般的に、人気の高い観光地が守りの態勢を強めているのだ。

イタリアの観光地ベネチアは、クルーズ船の寄港が招いたいわゆる「オーバーツーリズム」に悩まされ、ベネチアの景観や環境を必死になって守ろうとしている。街並みの保護に力を入れているのは、パリ市民も同じだ。

例えば、観光客でごった返す美しいモンマルトルの丘は、その名のとおり高さ131mの丘の頂にあり、そこに至る階段は非常に急だ。パリ市民はレンタル電動キックボードを全面禁止にすることで、こう伝えようとしている。モンマルトルを象徴するサクレクール寺院や、その周辺にあるカフェを訪れたい人はみな大歓迎だが、昔ながらの方法でたどり着いてこそ、そのすばらしさを味わえるのだと。レンタル電動キックボードで、丘のてっぺんまで一気に駆け上がることは、もうできない。

forbes.com 原文

翻訳=遠藤康子/ガリレオ

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