「様式美」はそのままに、描かれるトラウマ、心の闇──
拡大しているのは読者層だけではない。ロマンス小説のあり方も変化している。若くかわいらしいヒロインが、イケメン大富豪と出会い、紆余曲折の末にめでたく結婚、というイメージはもう古い。
たとえば前述の『イット・エンズ・ウィズ・アス』は、逃れることのできないトラウマや心の闇がテーマとなっている。『赤と白とロイヤルブルー』(ケイシー・マクイストン著、林啓恵訳、二見書房、2021年2月)などのLGBTQものや、性的な描写を含まない「クリーン」なロマンス小説も大人気だ。
必ずしも結婚がゴールではなくなりつつあるということにも注目したい。2人の人間が出会い、惹かれ合い、すったもんだのすえに結ばれるというロマンス小説の「様式美」はそのままでも、ハッピーエンドが意味するものは時代に沿って変化しているのである。
ハッピーエンドは不変!
ただし、このハッピーエンドこそがロマンス小説の真髄であることは間違いないだろう。現在アメリカで快進撃を続けるロマンス小説を、人々が手に取るようになったきっかけは新型コロナウイルス感染症パンデミックによるロックダウンだ。先行きが不安なときに、ロマンス小説は読者の心の逃避先であり続けた。ハッピーエンドが約束されているからこそ、読み手は安心して主人公とともに怒りや悲しみを経験できる。物価高騰が景気悪化へと移り変わりつつある日本でも、新たにロマンス小説を手に取り、そのハッピーエンドに癒しを見出す人は多いのではないだろうか。
さらに、様式美が伝承されているロマンス小説は、現在話題となっているAI出版社やAI作家との相性もいいはずである。実際、アメリカ文学の研究者、尾崎俊介は『ハーレクイン・ロマンス 恋愛小説から読むアメリカ』(平凡社、2019年12月)にてロマンス小説とAIの親和性に触れている。小説の「読まれ方」のアルゴリズム分析を行い、ベストセラーとなる可能性が高い作品を刊行するAI出版社Inkittの日本上陸が迫る中、読者の圧倒的な支持を集めるロマンス小説がAIの手によって生まれてもおかしくはないのだ。さらなる成長を遂げる可能性を秘めたロマンス小説から、ますます目が離せない。
(注1)2023年9月20日現在。https://www.nytimes.com/books/best-sellers/trade-fiction-paperback/
(注2)https://www.nytimes.com/2022/10/09/books/colleen-hoover.html
(注3)https://time.com/collection/100-most-influential-people-2023/6268982/colleen-hoover/
(注4)https://shosetsu-maru.com/interviews/harlequin
山口真果(やまぐち・まいか)◎人気海外文学ブログ「トーキョーブックガール」オーナー。翻訳作品に「ショーウィンドウの女の子」(『Scream! 絶叫コレクション 不気味な叫び』)、「サメのいた夏」(『Scream! 絶叫コレクション 消えない叫び』))。翻訳協力作品に『わたしの香港』、『クリティカル・シンキングができる子に育つ3つの視点と13のレッスン』他。