きっかけは、スタートアップ支援で健康への関心が沸いたこと
現在はGreat journey LLCの代表を務める一方、東京大学未来ビジョン研究センターで、特任研究員として研究者という一面も持つ安川。本の中では、そうした研究者独自の発想力で、脳がどのように進化して、脳をどのように働かせていけばいいのかを、「運動モード」「睡眠モード」「瞑想モード」「対話モード」「読書モード」「デジタルモード」と、六角形のフレームワークで整理している。安川:この本は、AI時代の21世紀における知的生産技術についての本ですが、先程述べたように、人類史や生命史の歴史的観点を踏まえてまとめています。執筆のきっかけは、ヘルスケアスタートアップを支援する仕事を通じて、「健康・未病とは?」「ウェルビーイングとは?」といったテーマに関心を持ったことでした。そこを追求していくと、病気の原因の多くは、狩猟民族の頃から変化していない私達の身体と、文明の結果のライフスタイルとのミスマッチだと気づいたのです。
また、病気の裏返しは、ハイパフォーマンス、生産性の高い状態、現代人にとっては精神面も含めたウェルビーングであり、知的生産性の高い状態です。ウェルビーイングや知的生産性は、個人的にも重要なテーマで関心も高かったので、独学で探求してきました。
最初はスマホ脳、デジタル脳が読書脳を犯しているのではというテーマ、次に書籍を始めとする文字の文化と演説や礼拝といった声の文化との本質的な違いについて、さらに最近、重要視されているマインドフルネスや運動、睡眠など、徐々に歴史を遡って探求しているうちに、最終的に人類史の視点から脳の6つのモードというフレームワークに収めることができました。
情報革命の混乱と批判。人類は必ず乗り越えてきた
安川:私が本を書いて発見したその構造は、人類は情報の量と複雑性が急増する情報革命を時折起こし、当初社会には亀裂と混乱を生むが、試行錯誤のうえ、それを乗り越えて新しい世界を切り拓いてきたということです。人類史を短くまとめると、「人間だけが複雑な言語を使って会話ができるように進化し、生存能力を高め、アフリカから世界に移動し、拡散していった。次に文字を発明し、都市文明という複雑な社会が生まれたが、時折森で瞑想し、心の安らぎを得ていた。さらに都市文明は、国家となり、戦争と疫病と情報の増加をもたらしたが、そこからの救済を求める人々と賢人との対話から、ソクラテスや孔子、ブッダといった宗教や哲学が生まれた。そして印刷技術から、圧倒的な数の書籍と読書をする知識層が登場し、宗教改革、科学革命、産業革命へと繋がっていった……」ということです。
面白いのは、その構造変化の過渡期に、当初、必ず混乱と批判があり、それを人類は乗り越えてきているという共通点があることです。
ソクラテスは、文字に頼ると記憶しないという弊害が生まれると批判し、自らの書物を残しませんでしたが、プラトンやアリストテレスによって文字で書かれた書籍の文化は図書館として進化しました。ショーペンハウエルは、大量の書籍を読むことを、自ら思考することの妨げになると批判していましたが、文豪、哲学者、科学者らによって書かれた大量の書籍は出版システムを通して世に送り出されました。
そして今のデジタル時代、大量の情報が個人のSNSや生成AIから生み出され、フェイクニュースや分断の懸念が生じています。これらは、過去に経験した当初の混乱期に似ています。テクノロジーを否定はしませんが、慎重に取り入れて活用する姿勢が大切です。