ブック

2023.09.26

新聞社の社員が、30年間「スクラップブック」をつくり続ける理由

小梶嗣が2004年に制作したスクラップブック

1965年生まれの小梶嗣(こかじ みつぐ)は新聞社のプランニング部門に勤務する会社員だ。そのかたわら、これまで100冊を超えるスクラップブックを作ってきた“スクラッパー”でもある。

小梶がスクラップブックを作りはじめたきっかけは、社会人2年目となる1991年のフランス旅行だった。

学生時代に沢木耕太郎の『深夜特急』の影響を受け、アジアを旅したことはあったものの、ヨーロッパは初めてだった。建物、人、食べ物、芸術、目に映るものすべてに鮮烈な印象を受けた。その旅の記録を、文章にイラストを添えてスケッチブックに記していった。

それだけではもの足りないような気がして、紙焼き写真、美術館の半券チケット、レストランのロゴ入りナプキン、セーヌ川沿いで拾った落ち葉などを次々に貼り付けていった。

帰国後、東京の部屋でときおり思い出したようにそのノートを開けば、パリでの過ぎ去った時間が香りたつように蘇った。まるで真空パックされていた瞬間が豊かな色彩をまとって解き放たれたかのようだった。

パリ旅行の際に作成した一冊目のスクラップブック(1991年)

2冊目となるスクラップブックには、2年後の1993年に再び訪れたパリでの体験をまとめた。今度は人生の伴侶となった夫人との新婚旅行で訪れたのだ。人生一度きりの、2人を包み込むキラキラと輝く空気と体験を、小梶はやはりスクラップブックに閉じ込めた。

以降は旅に限らず、デザイン、ファッション、音楽、敬愛するアーティストなど、その時々のテーマや興味に沿って、DJがプレイリストを作成するかのようにスクラップブックを作りはじめた。
パリ旅行の際に作成した二冊目のスクラップブック(1993年)

自分だけの理想の雑誌をつくる

小梶がスクラップブック制作に熱中した背景には、雑誌好きがゆえの「理想の雑誌を作りたい」という想いもあった。

1980〜90年代の雑誌全盛期、雑誌は未知の情報を運んでくる“魔法の紙”だった。小梶は、知的欲求と好奇心、モノへの飽くなき憧憬をもって、目を皿のようにして誌面から必要な情報をインプットしていた。

そこから得た知識の蓄積によって頭のなかに描くことのできる世界はどんどん広がっていったが、困ったことにその源泉である本や雑誌も増える一方だった。対して、当時住んでいた東京の賃貸マンションはそう広くはなかった。
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文・写真=長井究衡

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