以下、公開天文台の専門解説員であり、熊本県阿蘇郡にある南阿蘇ルナ天文台の副台長でもある髙野敦史氏に、同天文台についてご寄稿いただいた。なお髙野氏自身、天体観察会解説技術の研究を専門とし、2022年に米国天文台のアウトリーチ活動の調査を実施している。
ロサンゼルスのダウンタウンから、車で1時間──
「宇宙は全方向に一様に膨張している」
今日では宇宙望遠鏡の名としても知られる偉大な天文学者、エドウィン・ハッブル。1929年、人類の宇宙観を根底から覆すことになる宇宙膨張の証拠を発見した巨大な望遠鏡は、ロサンゼルス郊外のウィルソン山天文台に現在も静かに佇んでいる。
他の業績も上げればきりがない20世紀最高の研究機関のひとつであるウィルソン山天文台が、昨今世界から天文ファンが集う聖地として人気を博しているのをご存知だろうか。
閉鎖的な研究機関から、歴史的科学遺産を活用したファンが集う聖地への華麗な転身。ロサンゼルスのアマチュア天文家の顔役にして、ウィルソン山天文台の名物仕掛け人のTim Thompson氏に会いにロサンゼルスへ向かった。
ロサンゼルスのダウンタウンから車で1時間ほど、週末は熱心なトレッキング愛好者が好んで訪れる風光明媚な山の頂に、ウィルソン山天文台はある。
1904年、後にハッブルをウィルソン山へと導くことになるジョージ・ヘールが、当時世界最高峰の天体観測地として選んだのは、年間を通して気候が安定し、夜空は十分暗く大気の揺らぎが際立って少ないこの場所だった。20世紀初頭のロサンゼルスの人口は現在の1/40程度の10万人余り、天体観測に支障はなかったのだ。
長いひげ、カウボーイハット
「この望遠鏡の鏡は1896年に製造されて世紀の大発見に貢献したオリジナルだ。ここに愛好家が集って、夜通しピザ&天体観察パーティーをするのさ! ほら、そこに電子レンジもあるだろう」
長いひげにカウボーイハットがよく似合う、ウィルソン山天文台の名物解説員にしてアウトリーチ活動の代表を務めるTimothy Thompson氏は、嬉しそうに20世紀初頭に建造された望遠鏡を操作しながらそう言った。
ヘール望遠鏡を収めるドームには、筆者にはなじみ深い天体観察に必要な接眼レンズなどの専門機材と、パーティーに必要な機材...2台の電子レンジ、大型のウォーターサーバー、大型冷蔵庫、などなど...が完備されていた。
実はウィルソン山天文台は、一般的な天体観察以外のサービスも充実している。高額な料金を払えばハッブルも使ったフッカー望遠鏡をアシスタント付きで一晩自由に使うことも可能で、なんと天文台を貸切で結婚式や同窓会の会場として利用することもできるのだとか。
筆者はまさに目が点になって言葉を失った。日本の常識では、歴史的科学遺産=保存すべきもの、手を触れてはいけないもの。歴史的発見に関わるものであれば使用するなどもってのほか、ましてや個人的な理由で飲食しながらパーティーをするなど言語道断である。
ウィルソン山天文台には科学遺産へのリスペクトはないのか?そうではない、彼らには米国流の科学遺産に対する哲学があるのだ。