そのなかのひとりが、日本発ラグジュアリーブランドMIZENの代表を務める寺西俊輔だ。
フランスのエルメスでデザイナーを務めていた寺西が、人が羨むキャリアから離れ、日本に戻ってきたのは、2018年12月のことだった。「一枚でも多く服を売ることに疑問を感じたんです」と、彼は言う。欧州で16年間にわたって築いた地位を捨ててまで実現したいことを見つけたのだ。
22年4月、彼はふるさと納税ポータルサイトの「ふるさとチョイス」で知られるトラストバンク創業者の須永珠代と組み、「地域経済の自立と文化の継承・発展」を掲げるアイナスホールディングス傘下で、ブランドMIZENを設立した。彼の心を奪ったのは、日本の地方で縮小しながらも受け継がれる紬や絣など手仕事の技術だった。パリコレを頂点にしたファッション流通の世界の圏外にある技術だ。
「パリコレに出られれば、ブランドや新作を世界中の人に知ってもらえる。でも、その背景にあるのは、洋服の大量生産、大量消費。日本の伝統技術にとっては、そのシステムに乗らず、新しいファッションのサイクルを築いていくことが重要と気づいたんです」
MIZENでは、卸売をせず直販にこだわる。青山本店にはギャラリーを設けた。MIZENの洋服を仕立てるために織られた全国12の産地の反物が飾られ、どのようにして反物がつくられたのか、職人の仕事ぶりが紹介されている。
「私たちのブランドは職人が主役です。彼らがもつ類まれな手仕事の技や伝統技法こそ、次世代へ受け継ぐべきもの。そんなつくり手たちとのつながりを感じられる、新しいラグジュアリーを提案したい」
例えば光る矢羽根文様が印象的な反物は、錦地に貝殻が織り込まれた「螺鈿織」。京都府京丹後市の「民谷螺鈿」が、西陣の伝統的技法「引箔」を応用し、成功させた織り技術だという。そうしてできた反物が、一流ブランドで経験を積んだ寺西の手によって、ジャンプスーツやフレアスカートなどに姿を変える。
かつて庶民の生活を豊かにしたボトムアップのラグジュアリーにこだわるのも、寺西ならではの考え方だ。
「これは津軽地方の伝統工芸『こぎん刺し』で、素材は麻です。通気性が良い夏の素材ですが、青森の冬は寒い。かつて農民たちは、藩の倹約令によりシルクや綿の衣服が許されず、麻しか着られない時代がありました。少しでも暖かくいられるように、麻の隙間に糸を刺して埋めたんです。今は高価な伝統工芸も、生きるための知恵だった。僕が大事にしたいのは、上流階級から与えられる贅沢ではなく、こうした庶民の側から昇華していく文化や技術です」