出井さんとの思い出がよみがえる癒しの音

贈り、贈られたモノや体験は、人生を変えるほどの力を持つことがある。企業のトップ、リーダーたちが経験した、モノや体験に介在する特別な思い入れを紹介する。

自身の生き方、サクセスストーリーにも影響を及ぼしたであろう「GIFT」の逸話には人間味あふれる姿がある。希薄化も言われる現代の人間関係とは異なる、特別な関係だ。


THE GIFT #3
高野 真

リンクタイズホールディングス 代表取締役 兼 Forbes JAPAN Founder

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
九乗おりんと和紙袋。そして七福神の置物。付属の天然石でおりんをたたき美しい音の揺らぎが生まれる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「食事会に顔を出すよ」と昨年5月の連絡が最後だった。私にとって親父のような存在だった出井伸之さんは、その1カ月後惜しくも亡くなった。

Sonyのグローバル化を加速させ、その後自ら後進の起業家を支援してきた希代の経営者。いまから10年前、あるNGO委員会で出井さんと知り合った。反対の席から私をにらんでくる強面の怖い人というのが第一印象だった。が、仕事に、ゴルフに、食事にと誘われ、10年来の仲になった。

2年前の6月、食事会の席で手渡されたのが、伝統工芸銅器の「九乗おりん」だ。実はこの贈り物を巡るエピソードを初めて、出井さんとのお別れの席で秘書の方から聞いた。「高野さんが還暦だからプレゼントをあげたい」と、自分で買いに出かけたというのだ。

私のために選んでくれた贈り物は、神仏具の鋳込み、磨きといった日本のものづくりを体現した逸品だ。匠の技から生まれる音色には、心地よいと感じる音として科学的に認められた「1/fのゆらぎ」の効果がある。ものづくりにこだわり、革新を追求してきた出井さんらしい贈り物だ。

清らかな音色に耳を澄ますと、心が安らぐ。そして、出井さんとの日々を独り静かに思うのだ。


たかの・まこと◎早稲田大学大学院理工学研究科卒業後、大和証券、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経てピムコジャパンリミテッド取締役社長へ。2014年にアトミックスメディア(現リンクタイズ)代表取締役CEO兼Forbes JAPAN編集長。16年よりD4VのFounder兼CEOを兼務。19年より現職。

文=中沢弘子 イラスト=東海林巨樹

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事