豊かさの本性
「新価値の造形」を使命に掲げ、常に「なぜ今つくるのか」という問いそのものを自社のものづくりで追求し続けた結果、近年ではデザインや制作の依頼も増えた。志を共にするパートナー企業との協業によって、その価値を社会実装する。その取り組みのひとつであるテーブルウェアブランド「ARAS」は、2019年から加賀市に拠点を置く石川樹脂工業との協業により、誕生した。器にガラスと樹脂をかけ合わせた強度が高く、さらに原料に戻して100%リサイクルできる新素材を使用。万が一破損した場合は生涯無償で交換できる。大手飲食チェーン向けに器を製造販売していた同社から、価格やクライアントに縛られるものづくりではなく、樹脂の新たな価値を自ら発信する術を模索したいと、相談をもちかけられた。
「我々は、プロの料理人のための焼き物などの器、つまり『巧藝品』をつくってきましたが、ビジネスとして考えた場合、ある程度の量産品も必要になる。ただし、目的なく量をつくることは絶対に避けたかった。そこで、長く使い続けられ、再生できる樹脂に可能性を見出した。ただの量産ではなく、これも巧藝のひとつのあり方だと考えています」
自社で展開する器づくりは「Landscape Ware」と名づけ、国内外の約50人の料理人とコラボレーションしてきた。なかでも、昨年の台湾を拠点とする世界的シェフ、アンドレ・チャンとのコラボは、上町にとっても印象深かった。“哲学を語る料理人”として知られるチャンの姿勢に共感し、外からと内からの双方から見た金沢の新たな可能性を追求。雪つりや金継ぎなどをモチーフに、斬新な食体験が生まれ、金沢で2日限りの饗宴が開かれた。
「僕自身、ハイエンドの料理のとらえ方がガラリと変わる体験でした。単に贅沢だけでなく、アーティストとしての料理人の作品を鑑賞するものであり、おいしさを超越して料理人から何を受け取り、どんな議論を生むのかが大切だと感じ、食に対する表現に向き合い続けようと確信しました」
この先10年後のseccaのあるべき姿を、上町はどう描いているのだろうか。
「今後、テクノロジーの発展により、超効率化社会となることは間違いありません。そうした社会に求められるのが“豊かさの本性”です。それはある種俗人的で人間臭い、非効率なもののなかに存在すると考えます。人は利便性だけでは満足しません。心が満たされることを求め、何かに駆り立てられたいという思いで行動する。その心の空洞を埋めることに我々は価値を見出し、その価値を生むためにはどのような体験とモノをつくることができるかを考え続けていきたいです」
うえまち・たつや◎1983年、岐阜県可児市生まれ。金沢美術工芸大学卒業後、ニコンで新製品企画とデザインなどを担当。2013年secca inc.を設立。主に各作品のコンセプトメイキングを担当。金沢美術工芸大学非常勤講師。