幼いころから茶の湯文化を学び、日本茶事業をグローバルに展開するTeaRoom代表の岩本涼。「調和」を謳うお茶の精神性を軸に、対立のない世界をどう実現するのか。
今年7月、西村康稔経済産業大臣はインドのデリーを訪問し、登壇したイベントで「日印産業共創 イニシアティブ」を発表した。そのイベントでは、日本のスタートアップ15社がインド企業向けにピッチを実施。ドローンや再エネ、マイクロファイナンスなど時代の潮流をとらえた企業が次々と登壇するなか、ただひとつ異色なスタートアップがあった。日本茶事業を展開するTeaRoomだ。
日本茶といっても、いわゆるフードテックではない。現在、売り上げのメインになっているのは、茶の湯文化を軸にしたコンサルティング事業だ。例えば「ゆらぎの声」に向き合う花王の商品プロジェクト。コンセプトに合わせて、暗闇のなかで自分の感覚と向き合う暗闇茶会「日日是好日」を企画し、11月に国立博物館内の茶室で実施する。
さらに現在、東京駅八重洲口前の再開発を進める東京建物は、25年に竣工予定のビルにお茶を楽しめるスペースをつくるための実証実験を行なっている。そこでTeaRoomはお茶のブレンドや体験に関するプロデュースを担う予定。空間やプロダクトを通してお茶や文化に日々触れる機会をつくり、利用者のウェルビーイング向上を狙う。
そのほかにも、食品、サウナなど、TeaRoomがかかわる領域は広い。9歳から茶道に親しみ、現在は裏千家茶道準教授を務める代表の岩本涼は、その意図をこう解説する。
「お茶の精神性はユニバーサルなもの。今やどの産業でもデジタルが必要なのと同じで、お茶も業種を問わずに浸透できます。あらゆる産業の企業と協業して、お茶の精神性を拡張させ、人々の思想と行動を変えていきたい」
岩本がそこまで熱を入れるお茶の精神性とは、いったい何なのか。
「一言でいえば、調和の精神です。茶室は対立のない構造でできています。躙り口は小さく、入る人は役職も身分も関係なく誰もが頭を下げて入らなくてはいけません。道具も例えば焼き物は唐物、高麗物、国焼と産地ごとに特徴が違いますが、ひとつのテーマのもとにしつらえられます。茶室は調和を生む装置。その精神性を広げて、対立のない世界をつくることが私たちのミッションです」
茶の湯文化に対立を乗り越える力があることは、学生時代に経験済みだった。岩本は大学2年生のときお茶箱を携えてアメリカに留学し、そのまま世界を旅して帰ってきた。現地の人を招いて即席のお茶会を開くと、ルーツの違う人たちとも、たちどころに仲良くなれた。
「どの国や地域にも喫茶文化はあります。トルコやインドはチャイ、イタリアはコーヒー、イギリスは紅茶、南米はマテ茶......。アメリカはパブ文化ですが、クラフトビールは茶の湯に近い。いずれにしても、『日本茶は君の国のこれと同じだ』と話すと、見知らぬ敵だと思われなくなる。お互いの共通項を知ることが対立をなくすことにつながります」
世界の各都市を回るなかで蚤の市があれば、足を運んで骨董を集めた。茶会では、各国で調達したものを道具として使った。多文化共生を茶の湯文化の様式に乗せて表現したのだ。