宇宙飛行士として、スペースシャトルの搭乗、国際宇宙ステーションでの活動など、ユニークな経験を持つ山崎直子と共に、ローランド・ベルガー日本代表の大橋譲が宇宙から見たダイバーシティについて語り合った。
11年間の宇宙飛行士訓練で見つけた「個」の立ち位置
大橋譲(以下、大橋):お会いできることが楽しみで、山崎さんが搭乗されたディスカバリー号の模型を用意してお待ちしていました。
山崎直子(以下、山崎):他のスペースシャトルの模型はよく見るのですが、コックピットが透明なものはレアですね。初めて見ました。あらためて見ると、スペースシャトルとロケットは、ほとんどが燃料を積むところでできていて、すごい乗り物だなと。
大橋:私としては、これに乗って宇宙に行った方が目の前にいることがすごいと思います。そういう経験をした方は、世界でも数えられるほどしかいませんので。
山崎:今では、ガガーリンから数えて、600人超になりました。これからもっと増えて、20年後には、みんなが宇宙に行ける時代になるんじゃないでしょうか。
大橋:そんな時代が来ることを想像すると、ワクワクしますね。本日は、宇宙飛行士というユニークな経験をされた山崎さんが、ダイバーシティについてどう考えているのかをお聞きしたくてお招きしました。よろしくお願いします。
山崎:よろしくお願いします。
大橋:まず自己紹介から始めたいと思います。ローランド・ベルガー日本代表の大橋譲です。アメリカ生まれで、大学卒業までアメリカにいました。社会人になって思うところがあり、日本で活躍したいと思い、ITエンジニアになりました。ところが、ITエンジニアとして働いているうちに、ITだけではなく、もっと抜本的に、日本の産業や社会を良くしたいという思いに至り、この業界に飛び込み、現在、奔走しています。
山崎:山崎直子です。千葉県松戸市生まれで、幼少期は北海道の札幌で過ごし、星が好きでした。製図を描いたり、図面から形にしたりすることが好きで、工学系のエンジニアになりました。そこから宇宙飛行士の候補生となって、11年間の訓練を経た後、2010年にスペースシャトルで国際宇宙ステーションに行き、15日間滞在して戻ってきました。
その後、所属していたJAXAを退職して、内閣府の宇宙政策委員会の本委員および部会委員を務めてきました。宇宙開発においてさまざまな変革が起きるなかで、政策面から関わり、かつ若い世代の人材も育成したいと思っています。
このほか、イギリスのウィリアム皇太子が創設した環境問題の解決に取り組む人に賞を与える「アースショット賞」の評議員もしています。また、社外役員として企業経営にも参画しています。
大橋:ありがとうございます。山崎さんには「宇宙飛行士の候補生として訓練されていたとき」「実際に宇宙で活動されていたとき」「JAXAを退職されてから現在まで」の3つのシチュエーションでのダイバーシティについてお聞きしたいです。 まず、宇宙飛行士の候補生として11年間も訓練をされていた中で、女性で、かつ日本人というマイノリティの立ち位置には、難しさを感じていたのではないかと思います。候補生として選ばれなければならない状況で、ダイバーシティについてはどうお考えになったのでしょうか。
山崎:それぞれの個があって、それを認め合いながら尊重することがダイバーシティの本質だと考えています。ですから、選抜のときは性別や国籍ではなく、個を見てもらえるように意識していましたね。
そのために大事だと思ったのが、まず自分らしさと向き合うことです。宇宙飛行士への応募には3年間の実務経験を持つことが条件でして、どんな分野でもいいので、実務を通して自分の特徴や価値を見つける必要があるんです。そこで培った自分の軸を通じて、チームの中で自分がどういう立ち位置なのか、貢献できるところはどこなのかを考えながら日々訓練をしていました。
宇宙飛行士といえども、誰でも欠点や弱点はあるもの。「自分らしさ」や「個」を意識して、長所や短所を見極めつつ、互いに足りないところを補完しながら一緒に成長していくことがダイバーシティを考える上で非常に大事だと思います。
最初に決めるのは「やらないこと」
大橋:宇宙では、性別や国籍など異なるバッググラウンドを持ったメンバーと一緒に活動することになると思いますが、瞬時の判断や危機管理とは常に隣り合わせですよね。たとえば非常事態が起きた際に自分と全く違う習慣や文化を持つ方々とは、どのように連携しているのでしょうか。
山崎:おっしゃる通り、宇宙での活動はいろいろとハプニングが起こるものでして、訓練も9割方は非常事態に備えたものなんですね。「停電が起きました」「コンピューターが壊れました」「空気が漏れました」など……それも一つではなくて、複合的に事象が重なった場合にどう対応するかを訓練します。
実はミッション全体の責任者は地上にいる「フライトディレクター」と呼ばれる方々で、我々は彼らから指示を受けて作業を行う現場作業員なんですね。とは言いつつ、地上との通信が途切れるケースや緊急事態も考えられるので、そのときには権限が全て現場に委譲されて、現場で判断して進めていくことになります。
実際に私が経験したのは、スペースシャトルを国際宇宙ステーションに近づける際、距離と相対スピードを測るレーダーが壊れていたため、使えなかったんですね。
大橋:えっ、そんなことがあったんですか!
山崎:そうなんです。そのため、急遽バックアップ手段に切り替えました。航海と同じで、基準となる星を見つけて測るという方法です。コンピューターが探して計算するのですが、私たちもちゃんと合っているか星図と見比べます。ある程度近づいた後は、レーザーを撃って、戻ってくる距離を測定しながら、マニュアルで近づけていくという形でした。
こうした訓練は過去に一度だけ行ったのですが、本当に使うときが来るとは思わず、非常に緊張しました。
大橋:そうした緊急事態の際には、どのように方針を決めるのでしょうか。
山崎:あらかじめ緊急時の手順が決められている事態では、それに従いますが、実際には全ての事態を手順でカバーすることはできません。そのような場合はみんなで意見を出し合いますが、最終的にはタスクリーダーが責任を取って決定していきます。例えば、私はロボットアームのタスクのリーダーでしたし、船外活動は別のタスクリーダーがいました。また、全体の運行は船長が責任を持ちます。もちろん、地上と通信ができる場合は、地上との連携を欠かしません。
国籍も文化も異なりますが、宇宙にいるときにあまり意識しなくなります。彼はロボットの専門家だとか、別のメンバーは船外活動の専門家だとか、タスクごとの役割がメンバーの特性のように感じるので、バックグラウンドについてはあまり意識しなくなりますね。
大橋:なるほど、それは面白いですね。異なる文化や価値観を持つ方々が集団生活をしていると、事件やケンカが起こりそうなものですが、実際はどうだったのでしょうか。
山崎:事件やケンカが起きないように、宇宙飛行士の候補生のときから訓練を受けます。例えば、候補生が必須で受ける訓練の一つに「ナショナル・アウトドア・リーダーシップ・スクール」があります。
自然の中で10日間過ごし、毎日チームリーダーを交代していきながら、その日の最終ゴールにたどり着かせるのが目的です。ゴールに対して、どのようなアプローチを取るかは、その日のリーダーを中心に話し合うのですが、最初に決めるのは「やらないこと」なんですよね。
大橋:「やらないこと」ですか。
山崎:宇宙での活動は何が起こるかわからないので、安全性の確保が最優先になります。また、メンバーが安心できる環境づくりも大切です。そのために「何をやらないのか」を決めておく。その土壌を整えた先に、ミッションの達成があり、個々人のゴール達成があります。
大橋:例えば、「やらないこと」として決めていたのは、どんな内容でしたか。
山崎:実際に宇宙で活動する際に決めていたのは「夜更かししないこと」でした。国際宇宙ステーションの滞在期間中、盛り上がって話し込みたいときもあるのですが、長丁場なので睡眠時間を削らないようにしたいと。ほかにも、魚が苦手なクルーの前では、魚料理は食べないようにしようとか、そうしたちょっとしたことですね。
大橋:ちょっとしたことの積み重ねが、安全性や安心感につながるのですね。
山崎:ほかにも、聖書の一部をノートに挟んで持っている方や、個室に宗教上のアイコンを飾っている方がいますが、「やらないこと」として、公のところでは飾らないようにしようと決めています。個人としては尊重しますが、公の場には持ち込まないようにと。
大橋:きめ細かいですね。「役割を分担し、それぞれ責任を持つこと」「やらないことを決めること」、この2つが性別や国籍、宗教や育った環境などさまざまなバッググラウンドを持ったメンバーでチームを組む際に必要なのですね。
「情けは人のためならず」はとても合理的
大橋:ビジネスでもそうですが、多様な人々がいる中で、みんなが同じ目標に向かうのは非常に難しいことだと感じています。
山崎:そうですね。地上で訓練する間は、我々も競争社会ではあるので、訓練中は常に評価されますし、このミッションに行きたいとか、早く宇宙に行きたいとか、それぞれ競争意識を持って訓練に臨みます。ただし、仲間の宇宙飛行士として、他のメンバーのミッションを精一杯力を込めてサポートするんですよね。
大橋:競争意識が芽生えている中では、他人より良い成果を出すために、邪魔するとか、協力しないとかもあると思うのですが、どうしてそこまで協力的なのでしょうか。何か仕組みがあるのですか。
山崎:1人では宇宙に行けないことがそうさせているんだと思います。仲間の宇宙飛行士や地上のサポートがないと、宇宙で活動できません。他の人を一生懸命サポートすることが、回り回って自分にかえってきます。
また、危機意識を共有していることも大きいです。スペースシャトルは2度事故を起こしており、私が訓練中だった2003年には7人が犠牲になりました。何か事故があると、命に関わるのもありますし、宇宙開発自体が本当に遅れることになります。そうすると、自分の出番が回ってこない。
そのため、他の人のミッションだろうと、みんなで協力して盛り上げていったほうが、結局自分のためになるという。ある意味合理的なのかなと思っています。
「情けは人のためならず」と言いますが、振り返ると、本当に自分につながってくるという実感を持てますね。受けた恩はその受けた人だけではなく、他の人にその恩を返せば、恩がつながっていくんだという。
大橋:経営戦略コンサルティングは、社会や産業を盛り上げていくミッションを持っているので、将来が見えない中で、1人でできないことについて、どのように協力を促すかは大きな課題です。
欧州系のコンサルティングファームは、一つの国ではなく、たくさんの国が集まってできているヨーロッパという集合体の中の活動から始まっています。文化も言語も歴史も異なる人々が共生する土壌で成り立っているので、協業は比較的やりやすい。
ただ、それでもやはりビジネスシーンでは、他より一歩抜きん出ることをしたい思いが出てきてしまうことがあります。競争ではなく、常に協力し合う、助け合える環境というのを、どうやって醸成するのかはいまだに、我々の悩みです。
山崎:そうですね。私も社外取締役の仕事もさせていただいていますので、ビジネスシーンの中で多様性を尊重しつつ助け合う文化を作ることは大切であるものの、容易ではないことは理解できます。
大橋:山崎さんがおっしゃった「情けは人のためならず」という意味では、弊社にはスター・ウォーズからインスパイアされて作った社内制度「ジェダイ・マスター制度 」というものがあります。(*2023年9月時点)
山崎:面白いですね。どんな制度なのですか?
大橋:我々コンサルタントは新卒で入社してから、社内で長い時間かけて教育を受けるというより、OJT的に現場にいて学びながら活躍しなければならない。そのためには、ジェダイにはパダワン(弟子)がいるということで、このような制度を作ったのです。
山崎:早い段階から、ジェダイの弟子として、皆さん現場に臨まれると(笑)。
大橋:この制度の中では、パダワンを育てても、自分に対する直接的な見返りはありません。ましてや映画ではジェダイはパダワンにやられる運命にあるので、場合によっては弟子に倒されてしまうかもしれない(笑)。それでも惜しみなく後輩を育てることは、組織を強くし、いつか自分に返ってくるのだと信じています。
山崎:まさに「情けは人のためならず」ですね。
大橋:ジェダイは、一人ひとりが強い信念を持ったプロフェッショナルです。一人ひとりのスキルが長けていて強い。しかし、1人では達成できないこともある。そういうときは共に連携するというジェダイの考え方に私は共感しています。
ダイバーシティは生存戦略
大橋:ダイバーシティが世界中で一つの大きなテーマになっています。山崎さんはこのことについて、どのように見られていますか。
山崎:ダイバーシティへの課題意識はたぶん皆さんが持たれているのですが、実際に改善するには、自分事として考えること、長期ビジョンをもって継続することが大切だと思います。
私は工学系のエンジニアでしたので、いまだエンジニア系の女性、特に航空宇宙学系はものすごく少なくて、この20年を見てもあまり増えていないんですよね。さかのぼると、学生の数自体が少なくて、進路選択の時点から社会的なバイアスを受けてしまっている。根が深い問題ですね。
ダイバーシティについては、おそらく企業だけで変えられるものではなく、社会全体で変えるべきところと、企業や組織が変えるべきところと、個人の意識改革のところと、さまざまなレイヤーで変えていかないといけないんだろうと思っています。
大橋:ダイバーシティを考えることは重要なのですが、やや一過性の流行のように感じられるところは懸念しています。取締役の女性比率が低いからといって、どこかから女性を探してきて数字のバランスを取るだけ、というのは本質ではないなと。
女性比率を上げるといったことよりも、なぜ女性比率を上げることが重要なのかが本質であり、その先にある、自分とは異なる考え方を認めていこうという動きがもっと出てほしいなと思っています。
山崎:属性の比率という視点ではなく、考え方の多様性を認め合っていくことが大切な点は、私も非常に共感します。同じ組織の中にいると、似たような考え方になってしまうことがあります。いろんな意見があることを知ることが大事だと思いますし、本当に考え方が似通ってしまうと最適解だと思ったことが局所的な解になっていることがあります。
それを飛び越えて、全体的な最適解を見つけるためにも、真の意味でのダイバーシティになっている必要がある。まさに生存戦略ですね。
大橋:ダイバーシティは生存戦略の一つでもあると思います。これは私たち経営参謀としての仕事に大きくつながる部分です。というのは、企業のコンサルティングをする上で、一番大切なのはいかにその企業を「生存」させるかですから。
ところで、山崎さんは宇宙から地球を見て、人間観や価値観に変化はありましたか。
山崎: 1つは、地球に対する考え方が変化しました。宇宙に行く前は、宇宙に特別さを感じていました。でも、実際行ってみると、宇宙が真っ暗で広がっている中、青く光る地球のほうが特別なのだと感じたんです。考え方が180度変わった気がします。
2つ目は、やはり人間観です。人間なんて上も下もない。みんなフラットなんだという考え方になりました。
大橋:興味深いです。それはどういうきっかけで?
山崎:宇宙ではみんな浮かんでくるくる回転していますから、上も下もないんですよ。だから上座もなければ下座もない。土下座しても意味がない(笑)。なので、人間関係は本当にフラットになりますね。無重量生活は私にとって、衝撃的な「ニューノーマル」でした。
大橋:宇宙から見たら、みんな“地球人”なんですよね。ダイバーシティに対しても、宇宙から見るように視点を変えてみると、もっと違った考え方ができるかもしれませんね。
対談を終えて 大橋 譲
今回の対談を通して、山崎さんの宇宙飛行士としての知見は、ビジネスにおいても重なる部分が非常に多いと感じた。特に、下記の5つの点に関しては、真のダイバーシティを取り入れていく上で有効であると考える。1. 自分らしさと向き合い、自らが貢献できるところを考えながら“個”を磨くこと
2. チームのミッション及びタスクごとの役割分担を明確にする
3. チームがパフォーマンスを最大限発揮できるよう、やらないことを決める
4. 危機意識を共有し、協力し合う
5. 平常時は意見を言い合い、非常時は担当リーダーに判断を任せる
今多くの企業が直面していることは世界の潮流や未来に向けた備えである。それらの多くは一人では(一社では)達成できない大きな変革を伴う課題やミッションであり、共に協力し合っていくことが生存戦略そのものになるかもしれないと感じている。