2017年創業のfundbookは、設立から3期目で売上高35.6億円を達成、6期目となる22年度は売上高50億円を突破した。18年にはLPガス業界などを専門にした「業界再編戦略部」、21年には医療・介護業界を専門とする「ヘルスケアビジネス戦略部」を立ち上げるなど、各業界に合わせたチーム構築などを通じて、成長を続けている。
M&Aのアドバイザーは論理的な思考力と高度な専門性が必要とされるが、同社のアドバイザーの多くは異業種からの参画。代表取締役 畑野幸治(以下、畑野)もそのひとりだ。好調な業績について畑野は「多くの失敗と挫折があったからこそ成長を遂げられた」と話す。そこには数字には表れない苦悩があった。畑野が、再起を掛けて挑んだ改革とは。彼の足跡とともに探っていく。
学生時代の経験がM&A業界参入のきっかけに
起業家として知られる畑野がM&A業界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、自身の過去に深く関係している。畑野は大学在学中に起業しインターネット広告事業のMicro Solutionsを設立。その後ネット型リユース事業のBuySell Technologiesを立ち上げた。M&Aに注目したのは同社が軌道に乗ったころだった。
「M&A業界へ参画したきっかけは2つありました。まず一つは、リユース事業だけではなく、10年後、20年後を見据えた際にもう一つ幹となる事業をつくること。市場規模が大きく成長性があり、競合環境で参入の余地がある。これらを判断材料にM&A業界に注目しました。そしてもう一つが私自身の経験です。私の父は山一證券に勤めていましたが自主廃業となり、中学2年生の時に裕福だった生活が一変しました。廃業した会社の社員、そしてその家族がどうなるのかを私自身が経験したことで、企業の存続に貢献するべく、これまでのビジネススキルを生かしていきたいと考えました」
fundbook 代表取締役 畑野幸治
畑野が目指したのは、事業承継や譲渡を検討している企業が気軽に相談できる場所を経営者自身で想起できるブランドをつくり、情報の非対称性なくフェアにマッチングが実行できるM&Aサービスを構築することだった。一見当たり前に思えるようなことだが、M&A業界全体が実現できていることではないと畑野はいう。
BuySell Technologiesは17年3月に、新規事業としてM&A事業部を創設。同年8月には同部門をスピンアウトしてM&A仲介事業を軸とするfundbookを設立し、本格的な事業運営をスタートさせた。
事業の絶頂期に訪れた危機
fundbookは設立からわずか3期目で売上35.6億円に到達。しかし、M&A業界で最も勢いのある企業として認知されるようになった一方で、社内では問題が山積していた。「当時、業界水準の成約率は40%と言われていたが、私たちは25%程度だった。M&Aにおいて第一想起される日本一のマッチングカンパニーを目指す上で、成約率向上は急務でした」
そこで畑野を含む経営陣は、組織体制を大きく転換することを決意する。それまでアドバイザーが譲渡側と譲受側、両社に対応していた体制を二分割し、譲渡側のソーシング力が下がらないようにインサイドセールス部門を設立。それぞれが専門性を高め業務に専念することで全体の稼働効率とマッチング力を高めていくことに舵を切った。
しかしその矢先に、新型コロナウイルス感染症が拡大。体力のない中小企業は廃業を余儀なくされ、社会全体がコロナ不況と呼ばれる時期を迎えていた。同時にfundbookでは、組織分割に伴うアドバイザー1人当たりの売上低下による経済的なモチベーションの低下が見えはじめる。
「市場環境が悪化するなか、なんとか売上を上げようと試みる社員たちの努力と、成果が出るまでに1年近くの時間を要するM&A事業の特性が相まり、成長の鈍化を結論付けるまでに約1年半の時間を要しました。改善改革の努力は実らず、アドバイザーへの過剰なサポートが進行し、不完全燃焼な組織に変貌してしまった」
人材力を最大化し、顧客からの信頼を取り戻す盤石な組織づくりへ
会社設立以来となる最大の危機を、畑野はどう乗り越えたのか。「これらの失敗から、創業当初のようにM&Aの相手先企業を見つけ、交渉を進めるまでのプロセスであるソーシングと、交渉からクロージングに至る取引を行うディールはアドバイザーが責任をもって対応しなければならないと身をもって知ることができました。そしてなにより、アドバイザー1人ひとりが自立して営業活動ができる体制と雰囲気をつくることが、会社の成長に最も必要だと気付いたのです」
以前の改革では主に経営陣が指揮をとってきたが、次なる改革では畑野自ら総指揮をとった。
ソーシングやディールはアドバイザーが担当。案件化の段階では企業評価部、リーガルサポートは法務部、財務やストラクチャーサポートはコーポレートアドバイザリー部が、マッチングは企業情報部が担当して専門的な面を支える。単なる分業ではなく、メインとなるアドバイザーが要所要所で専門部署を有効活用できるスタイルを整えた。
さらにマッチングにおいては、全国約2万5000社(※)の譲受企業ネットワークを基に、アドバイザーの知見はもちろん、テクノロジー、データを組み合わせた独自の全方位型マッチングモデルを構築。それにより、より多くの譲受候補先とのマッチング機会を創出できる世界を追求している。
※fundbookが商談実績のある譲受候補企業の総数
「現在の形は、BuySell Technologiesで培ってきたノウハウやfundbook創業時のやり方を基盤に、失敗の経験とテクノロジーを合わせたVer2.0のようなもの。各部の責任領域も明確になり、組織全体が完全燃焼できる体制に変わったので、アドバイザーのモチベーションも満足度も向上しました。同時に、お客様からも高い信頼を得ることができたと思っています」
その裏で、今日までの激動の変化についていけないと退職を選んだメンバーもいた。それでも畑野は、残った社員とともに前だけを向き、進むべき道へと一歩を踏み出した。
「多忙を楽しめる人が新しい価値をつくる」
新体制となったfundbookで現在活躍している社員は、新卒を含め、業界未経験者が多くを占める。畑野は「幾つもの失敗があったからこそ、未経験者の育成ノウハウはすでに構築されている」と話す。「度重なる改革でたくさんの社員が離れていった。こんなことは二度と起こしてはならない。だからこそ、社員の力を最大化できる組織づくりに専念してきました。新人を一人前のM&Aアドバイザーに育て上げるということに対する情熱は、間違いなく社内で私が一番高いと思っています」
同社では「BootCamp」と呼ばれる導入研修を実施。fundbookのコーポレート・アイデンティティであるパーパス、コアバリュー、行動指針などを学び、規則、コンプライアンス、システムサポート、理解度テストなどの研修を1週間。その後も財務、ビジネス分析、営業基礎などの研修が合計1ヶ月に及ぶ。実戦では「ブラザー」と呼ばれる先輩がコーチングサポートにつき、一人前になるまで部を上げてサポートする。
畑野は「その人の持つ先天的なビジネスのエンジンを積み替えてあげることはできないが、そのエンジンさえ積んでいてくれれば、ドライビングテクニックはいかようにも教えることができる」という。
「私たちがともに仕事をしたいのは、EQ(心の知能指数)が高く、お金を稼いで自己実現したいと思っている人です。中小企業を救いたいという人もいますが、それだけでは挫折することもある。まずは圧倒的な経験と実績を積んで私的成功をおさめた上で、結果として企業の課題解決に貢献できるようになれば、それでいいと思っています。
この業界は頑張れば年収1億円を目指せる世界。なので、私はよく『超多忙であれ』と伝えています。決してブラック的なことではなく、仕事のことを考えたり準備したりする時間を多く持てば人並み以上の成果がでる。どんなときでも常にアンテナを張り、なにが必要かをキャッチする。そうした多忙を楽しめる人が、新しい視点から世界を広げていくのだと思います。未経験者でも早期に活躍できる環境に注力している当社だからこそ、そういった人材と一緒に成長していきたいですね」
最後に今後の展望について聞いた。
「お客様が迷うことなく想起できるM&Aブランドを打ち立て、業界に巨大なプラットフォームを創ることです。大廃業時代を迎えている日本社会に、M&Aを通じて少しでも貢献できる企業になりたい。まだ創業から6年ですが、今日まで本当に多くの苦難がありました。しかし、そのおかげで盤石な成長基盤ができあがった。fundbookはまだまだ成長途中の会社です。今後も様々な試行錯誤で従業員のための投資を行っていきます。マーケティング、テクノロジーを強化し『気軽にM&Aの相談ができ、安心してM&Aが選択できる世界へ』というパーパスの実現に向けて取り組んでいきます」