今回は、社会や時代の固定観念を溶かすのが使命だと自負する電通総研の川村健一が登場。Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香が、彼の情熱の核心に迫る。
川村健一は、現在、電通総研に所属するプロデューサー/研究員だ。しかし、彼はこれまで、そしていまも自身の肩書きに縛られることなく、規格外の働きを重ねている。
実際に何をしているのか、それはどのような想いのもとで行われているのか。
テクノロジーを自分の血肉とするために
谷本有香(以下、谷本):まずは、川村さんのご経歴から教えてください。川村健一(以下、川村):大学で法律を学んでいたとき、Windows95が発売されました。あまり自分ごととして法律をとらえられないでいるなかで、デジタルやインターネットの魅力にとりつかれたのです。そこで、大学に通いながらデジタルハリウッドでも学び、デジタルのスキルを習得していきました。
谷本:機を逃さず、これだと思ったことに専心する。その行動力こそが、才人の才人たる由縁だと思います。
川村:デジタルハリウッドの卒業制作がアワードで受賞したり、テレビや雑誌、ネットニュースでも取り上げられたりしたことが自信になり、以降はWEBの世界で夢中になりながら働いてきました。大学を卒業してからはWEB制作会社、フリーランス、インターネット専門広告代理店を経て、2016年にアイソバー(現電通デジタル)にジョインしています。アイソバーではクリエイティブ・テクノロジスト、クリエイティブディレクターとして経験を積んできました。
谷本:確かに、1990年代から2000年代のはじめにかけて、WEBの世界に夢中になった人は数多くいたと思います。そうしたなか、川村さんはWEBのどのあたりに魅力を感じたのでしょうか。
川村:そうですね、当時、(言語に頼った)コミュニケーションがあまり得意なほうではないという自覚がありました。ところが、WEBであれば、多くの人と対話できると感じたのです。つくったものを公開した瞬間からいきなり何万人もの人に見てもらえて、その人々の反応により、つくったものをさらにブラッシュアップしていけます。そうした対話と試行錯誤の過程が、自分にとってはエキサイティングだったのだと思います。
谷本:そのように「対話と試行錯誤」によって創作物を磨き込んでいくという意味では、川村さんが現在取り組まれている「dentsu prototyping hub」も同じ文脈上にあるのではないですか?
川村:そうかもしれません。「dentsu prototyping hub」は、私含め、電通グループの3名で立ち上げた、クリエイティブテクノロジーを推進することを目的としたバーチャル組織です。さまざまな職種の人があらゆる電通グループの各社から垣根を越えて集まっています。「プロトタイプの重要性」について、実際に頭と手を動かしながら勉強会を重ねています。
谷本:その「プロトタイプの重要性」について端的に説明していただけますか?
川村:これまでの広告クリエイティブの仕事は、企画書があり、カンプ(制作意図を正確に知らせるため、仕上がりに近い状態で描かれた絵や図)があって、合意が取れたものをクラフト力でカタチにしていくことが多かったと思います。
このようなワークフローが機能してきたのは、フォーマットがある程度一定だったためにクリエイティブのイメージが関係者間で伝わりやすかったからです。ところが、現在のようにデジタル化が進行すると、クリエイティブの形態が一気に多様になりました。かつては特定のフォーマットのなかで質を上げていくのが仕事だったのですが、まだ見たことがないような体験そのものをデザインする仕事が増えていったわけですね。クリエイティブの対象が、見えるもの(平面や映像)から体験全体に拡張したと言えます。
まだ見たことがない、触れたことがないような体験は、実際に触りながら何度も検証していく過程を経てはじめて生み出せるものです。資料のみでイメージを伝えることが非常に難しく、かつてのように企画とクラフトが明確に分かれているようなワークフローが通用しなくなっています。企画をしながらプロトタイプしていく。プロトタイプで得られたことを、次のプロトタイプに生かす。そうしたフローが洗練された体験を生み出していきます。
谷本:世の中の変化に対して、クリエイティブのワークフローも変わっていかなければならないわけですね。
川村:世の中の変化に電通グループも対応していく必要があります。もちろん、これまでにもプロトタイピングを通じてたくさんの成果を上げているのですが、もっと当たり前のものにしていきたいと私は考えています。
テクノロジーは手を動かしてみることではじめて自分の血肉となり、プロトタイプをつくることによって新たなアイデアのチャンスが生まれるのです。
川村健一 電通総研 プロデューサー/研究員
デジタルサイネージに希望を投影する
谷本:川村さんは、緊急事態宣言の発出などによって人や街の空気が暗く沈んでいたコロナ禍の最中に、「Next World ExhiVision」というプロジェクトを自主企画として立ち上げられたそうですね。川村:当時はステイホームの掛け声のもとで、多くのイベントが中止を余儀なくされ、映像を手がけるアーティストの多くが活動の場を失っていました。そうしたなか、「この悲観的な空気を明るいものにしていけるのがアートなのではいか」と強く想うところがあったのです。
谷本:そこで、街中にあるデジタルサイネージに目をつけられたわけですね。
川村:そうです。普段から私自身がビジュアルアーティストとして活動していたこともあり、アート界隈の皆さまとは交流を重ねていました。また、デジタルサイネージアワードの審査員を務めた経験により、その界隈の皆さまとのつながりもありました。
谷本:アートとデジタルサイネージの両者をつなぐ企画が実現できれば、未知なる感染症の危機に喘いでいる街に希望を提示できると考えられたと……。
川村:結果として24組のアーティストにご参加いただき、全国8都市71箇所のデジタルサイネージ(2020年8月31日時点)において、推定で延べ視聴者数7,402,672名(15秒換算)にアート体験を提供することができました。
谷本:そうしたアート体験こそ、まさに先ほどの「プロトタイプの重要性」のところでお話いただいた「まだ見たことがない、触れたことがないような体験」に相違ないですね。この「Next World ExhiVision」というプロジェクト自体が壮大な社会実験であり、空前のプロトタイプになっているようにも感じます。ふと見上げたデジタルサイネージに勇気づけられたり、癒しを得られたりした人がいたとするなら、従来の広告効果を測る手法では換算できない価値がそこには生まれていたはずです。
川村:そうであってくれたらいいと心から願っています。このプロジェクトは、私個人のチカラでは到底できるものではありませんでした。関わっていただいたすべての皆さんの情熱とクリエイティビティの賜物です。そして、このプロジェクトの成立を根底で支えてくれたのが、電通グループの信用力と包容力だと思っています。これは、対外的な信用力に加えて、対内的な包容力があるという意味です。クライアントワークではない、すなわちフィーが発生しない案件であっても、会社は私がフルコミットすることを認めてくれましたから。
谷本:経済学者であり、マイクロクレジットを行うグラミン銀行創設者でもあり、ノーベル平和賞を受賞しているムハマド・ユヌスは、「経済学において、人間は『個人的な利害に突き動かされる存在』と定義されている。私欲に突き動かされるものだと。これが経済学の基本というが、私に言わせれば人間についての誤った解釈に過ぎない。人は利他のためにも行動するからだ」と語っています。
確かに、電通グループは慈善団体の集まりではありません。しかし、「利害に突き動かされる」のではなく、「Next World ExhiVision」のようなプロジェクトに身を捧げる人もいる。それはつまり、川村さんのなかにおいて、経済学や経済効用といったもの差しでは測ることができない精神的価値を大切にしていらっしゃるからだと思います。
川村:ご指摘、ありがとうございます。持続可能性の低い金銭的価値か、循環される精神的価値か。前者は即時的で目につきやすく、後者は永続的で目には見えづらいものです。どちらのほうが人間の本当の幸福につながるのでしょうか。精神的価値に軸足を置きながら、金銭的価値と精神的価値のどちらをも持続可能にしていくのが、これからの電通グループの仕事ではないかと考えています。
谷本:今、川村さんは「本当の幸福」とおっしゃいましたね。幸福の前置きとして「本当の」が付いているところに、これまでの川村さんの精神的葛藤ゆえの境地を感じるとともに、深く共感せずにはいられません。
今の川村さんの言葉を聞いて、アランの『幸福論』の一節が思い出されました。「幸福は、あのショー・ウィンドーに飾られている品物のように、人がそれを選んで、お金を払って、もち帰ることのできるようなものではない」というものです。
「Next World ExhiVision」のデジタルサイネージを目撃した人のなかには、消えることのない何かをもち帰ることができた人も多いのではないかと想像しています。
谷本有香 Forbes JAPAN Web編集長
今、時空を超えたイノベーションが起きている
谷本:もうひとつ、川村さんがコミットされている「テクノ法要」という取り組みについてうかがいたいと思います。これは、どのようなものになるのでしょうか。川村:福井市にある浄土真宗本願寺派・照恩寺の住職、朝倉行宣さんがつくったテクノのトラックに乗せてお経を読み上げるという新しいスタイルの法要になります。私がテクノ法要を知ったのは、2017年のことでした。築地本願寺でテクノ法要が行われるという情報を偶然にSNSで知り、同僚と出かけてみたのが最初です。
そこで湧いたのが、「変化しないことが伝統の美徳か?」という本質的な問いでした。自分が抱いていた固定観念が見事に溶けていった瞬間でもありました。「伝統が伝統として存在していくためには、常にイノベーションを起こし続けなければならない」ということを、衝撃をもって学んだのです。
自由な発想で新たな体験をデザインし、伝統がイノベーションを起こすモメンタムを生み出していくことこそ、クリエイティブの仕事ではないか。そう考えて、現在は法要の際に流されるビジュアルの制作担当として朝倉住職とご一緒させていただいています。 仏説阿弥陀経(SOUND: 朝倉行宣、AI: ARATAMA 璞 DAO、VISUAL: Ken-ichi Kawamura)
テクノ法要は、年に一度開催されるニコニコ超会議においては「超テクノ法要」として人気のコンテンツ。こちらは「ニコニコ超会議2023」のために制作された映像だ。朝倉住職の背景で流れているビジュアルを川村が担当している。
川村:同じ「仏説阿弥陀経」を読み上げるのであっても、朝倉住職がつくるトラックは随時バージョンアップされていきます。当然ながら、私が担当するビジュアルもバージョンアップを重ねています。「ニコニコ超会議2023」の法要では、仏説阿弥陀経に登場する多数の人物(ブッダの弟子)と仏たちをイメージしながら、AIクリエイター ARATAMA 璞 DAOさんとコラボさせていただき、生成AIでビジュアルを創出しました。
谷本:今回、川村さんとお会いできるということで、過去の「仏説阿弥陀経」のバージョンをいくつかYouTubeで拝見しました。そこで驚いたのが、どのバージョンにおいてもお経とテクノと映像の組み合わせに違和感がなかったことです。
川村:実はいまでは当たり前になっている仏像も、お釈迦さまが亡くなってから500年間はつくってはダメとされていたそうです。実際にイノベーションを起こしながら現在まで脈々と受け継がれてきたのが、現在の仏教なのだと思います。
谷本:そういう意味では、お釈迦さまが亡くなってから2500年後の今、お経とテクノと生成AIによる映像が融合している状況も、仏教を次の世代に伝えていくためのイノベーションのひとつだと思えてきますね。
私は今回、「仏説阿弥陀経」のさまざまなバージョンを映像で見ていくうちに、「このお経は、いったい何を訴えかけているのだろう?」というのが気になりはじめて、「仏説阿弥陀経 現代語訳」で検索してみたのです。結構の長さであることに驚きもしながら(笑)、お経と現代語訳を見比べて、大変に腑に落ちる内容であると感じました。「ああ、そういう物語なのね」と。今回、テクノ法要のことを知らなければ、きっと私は一生、「仏説阿弥陀経」の内容を知ることはなかったでしょう。そう考えると、朝倉さんや川村さんが起こしてくれているイノベーションは大変に意味がある、有難いものではないかと思えてきました。
川村:そうおっしゃっていただけると、私としても大変に有難いです。このように「感謝の交換」ができるのが、私の仕事の醍醐味ではないかと感じているところです。
固定観念にとらわれない人や社会や時代をつくる
谷本:川村さんは、今年の1月から電通総研に異動されてプロデューサー/研究員という肩書きで働かれていますね。自ら異動を願い出たのは、どのような想いからでしょうか。川村:データが世の中を動かすことって、たくさんあると思います。数字として見える化されることで、大きな動機になることってありますよね。大学卒業以来のキャリアにおいて、私は主にモノやコトを通じて世の中にアプローチしてきました。もともとの私は完全にクラフト側の人間であり、「つくることこそ自分の存在意義だ」という考えだったのですが、今の私は俯瞰的に「社会のなかでどうあるべきか」という視点も有するようになりました。
これは「時代からの要請」であると同時に「自分自身の成長」でもあると感じています。いざ、そうなったときに、電通グループには「クリエイター」から「社会変革を志す者」まで幅広く受容し、真剣に世の中と向き合える会社が集まっているところが強みなのではないかと思っています。
谷本:これから先において、川村さんは、どのような成長を遂げていきたいと考えていますか。
川村:ロジックと感性の両面からイノベーションを推進していくプロデューサー、研究者、教育者、アーティストを目指しています。そして、「固定観念にとらわれない人や社会や時代をつくること」が目標です。
アランは『幸福論』のなかで「幸福とは、報酬など全然求めていなかった者のところに突然やってくる報酬である」とも述べている。イノベーションを推進するプロデューサー、研究者、教育者、アーティストを目指しているという川村は、「職種(肩書き)は人と人を隔てるためにあるのではなく、つなげるためにある」という持論も語ってくれた。自らの固定観念を溶かし、社会や時代と柔らかく接しながら、その社会や時代が抱える固定観念さえも溶かそうとしている彼こそ、まさに幸福な人間と呼べるのではないか。さらなる幸福が彼に訪れ続けることを願いたい。
かわむら・けんいち◎1976年生まれ。大学卒業後、ウェブ制作会社、フリーランス、インターネット専門広告代理店を経て、2016年にアイソバー(現電通デジタル)にジョイン。23年1月、電通総研に異動。テクノロジーやアート系のイベントプロデュース、登壇、出演、書籍執筆、大学講師等、社会活動にも力を注いでいる。