この一件から、シュイナードは何の疑いも持たなかったコットンの製造過程を徹底的に調べた。
その結果、分かったことは、ピュアでナチュラルだと思っていたコットンが、とてもその認識とはかけ離れた状態だったことだ。化学繊維と比べて天然繊維であるコットンは当然身体にも地球にも優しいと思われていた。しかし、実態としては植え付けの準備として畑に有機リン系農薬が撒かれ、そして栽培に大量の化学肥料が使われていたのだ。
コットン畑は、世界の耕作地のわずか2.5%に過ぎないが、そこには化学防虫剤の22.5%と殺虫剤の10%もの量が投下されていた。この化学物質漬けとなっていたコットン畑の周囲の排水処理池からは異臭が発生し、雨水により薬品に汚染された水は海に流れていく。つまり、コットンを使うことは生態系を壊すことにつながっていたのだ。
その状況を受け、シュイナードは普通のコットンではなく、農薬や肥料について厳格な基準を元に育てられた「オーガニックコットン」の導入を検討する。最初は無地のTシャツを生産し、他の企業に卸売り販売を開始した。
そして、1994年秋、シュイナードはよりラディカルな意思決定を行うことになる。
当時166製品あったパタゴニアのスポーツウェア製品全体を18カ月以内に100%オーガニックコットンに移行する、という決断だ。
さらに、それを達成できなければ、パタゴニアのビジネスの3割を占めていたスポーツウェアの販売を停止すると自ら退路を絶ったのだ。
しかし、言うまでもなく、この意思決定は簡単なものではない。完成していたサプライチェーンを短期間で再構築しなくてはならないからだ。
それまでは工場に発注し、工場が仲介業者からコットンを仕入れるという流れだったが、工場が自らオーガニックコットンを調達するのは不可能だった。したがって、パタゴニアは有機栽培をしていた少数の農家と直接仕入れの交渉をする必要があった。
さらに、オーガニックコットンは葉や茎が混じり、アブラムシのせいでベタつくために、工場からは設備を汚すといって嫌がられる。これにも交渉が必要になった。
たとえ向かうべき方向は良いとしても、冷静に現場のオペレーションを考えれば、旧来型のビジネスの方がずっと効率的なのだ。しかも、顧客は必ずしもオーガニックコットンの製品を望んでいるわけではない。当然コストは高まるが、その分顧客が高い金額を支払うかどうかは約束されていないのだ。
「これだけのことをしても売れなかったらどうなるのか?」 数多くの疑念がつきまとい、それはやがて社員からの反発も生み出すことになった。