a春は、美大のハーバードと称され、Airbnbの創業者を輩出したことでも知られるロードアイランド・スクール・オブ・デザインでOを学生起業。次世代のクリエイターのためのデジタルプラットフォーム「MEs(ミーズ)」を開発している。わかりやすくいえば「メタバース」の空間だ。
このMEsが今、企業、大学、建築家、アーティストから注目を集めている。その理由は、MEsがデジタルなのに人間的なタッチを重要視していて、アイデアが創発されやすい環境だから。a春はこの空間を「二つ目の脳を育てる場所」だという。
言葉の歯がゆさに悩んだ幼少期
a春という名前は、デジタル空間での彼のアーティストネームだ。リアルな世界では名前や顔が自分のアイデンティティを証明するが、デジタル空間はリアルから独立した別人格で自由に活動できる。そうしたデジタルカルチャーを尊重し、彼は匿名で会社経営をしている。実際のa春は、父が日本人、母がアメリカ人で、ロサンゼルスで生まれた。子どもの頃に好きだったものは小説やアニメ、カードゲームで、作品の世界にダイブしては夢中になった。将来の夢は、アニメーターになること。中学生になるとコンピューターを改造し、自身で撮影した映像を編集して映画を作りはじめた。
「子どもの頃は、幸せ、悲しさ、悔しさなどの感情を言葉で伝えようとしても、周囲の人にうまく伝わらない悩みを抱えていました。伝わったとしても、それは自分のある一面でしかない。自分が心の中で感じていることを言葉で伝えきれないことに、歯がゆさを感じていました」
リアルな人生で起きた言葉にし難い経験は、アニメーション制作のプロセスを通じて、複雑な気持ちを整理することができた。そして、自分の体験や本当に思っている感情は、アニメーションでなら相手に伝えられることを知った。
名門美大を蹴った理由
アニメーターへの夢から美大を志したa春は、1877年設立の名門、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD、通称リズディー)の映画・アニメーションのコースに合格する。しかし、RISDを蹴って、ボストン大学への進学を決める。ハイスクールのキャリアカウンセラーに、美大よりもキャリアに役立つ大学を薦められたからだ。古くて保守的な考え方だとは思いつつも、バランスよく学べるボストン大学を選択した。ただ、その選択をすぐに後悔することになる。
ボストン大学で入学前オリエンテーションを受けてみると、そこでの雰囲気に全く馴染めなかったのだ。その足で電車に飛び乗り、ロードアイランドへ。雨が降りしきる中、RISDのドアを叩きながら「今からでも入学できないか」と必死で掛け合った。
「雨の中ドアを叩いた自分を、RISDは受け入れてくれました。RISDを選び直したあの日の選択は、私の人生の中で最もよい選択でした」