意外だったのは系列を超えた統合だったことだ。三井製糖は三井系の上場企業であり、大日本明治製糖は三菱商事の100%子会社。三井と住友の組み合わせはよくあるが、三井と三菱は極めて珍しい。
歴史的な経営統合でPMIを担うのが、21年4月発足のDM三井製糖ホールディングスを率いる森本卓である。三井物産出身の森本は統合発表直後に三井製糖に転じて、両社の統合を指揮した。
森本がPMIでルール化したことがふたつある。ひとつはいいとこ取りだ。「両社の面子に配慮してバランスを取ると、統合効果が薄れてしまう。そこは合理的に判断しました」例えば会計経理業務は、上場企業である旧三井製糖側に統合する予定だが、生産については柔軟だ。旧三井製糖は自社工場で製造し、旧大日本明治は他メーカーと合弁で共同工場を持ち、オペレーションはやっていなかった。
自社工場はノウハウが蓄積され、共同工場はコストを抑えられるというメリットがある。「工場は両方残します。旧三井の工場で引き続き技術を磨き、それを旧大日本明治の共同工場に移植してコストのメリットも享受する。両方のいいところをいかします」
二つ目のルールは、混乱させないことだ。「上場企業として、統合のリスクマネジメントをきちんとやるということです」
実はリスクマネジメントは森本が三井物産時代から「商社のコンピテンシーのひとつ」というほど強く意識してきたことだった。
森本は商社で化学畑を歩んできた。入社10年目の夏、赴任先のサウジアラビアでカントリーリスクが顕在化した。隣国クウェートにイラクが侵攻したのだ。戦地から300kmしか離れておらず、緊張が走った。「当時はすべてキャッシュ。有事なので、みんながサウジアラビアリヤルを米ドルに換えます。慌てて銀行に走ってドルに換えました。翌日には銀行からドルが消えていました」
航空券をなんとか手配して帰国したが、クウェート駐在の同僚4人はイラク軍に拉致された。うちひとりは“人間の盾”としてダムの発電所に配置されたが、見張りに「この施設の発電量はどれくらいか」とビジネスの話をしたという。その武勇伝を聞き、「リスクのあるところにチャンスもある」と感心すると同時に、「だからこそリスクマネジメントが重要」と痛感した。