恩師と教え子であり、ビジネスパートナーでもあるAIの旗手、東京大学大学院教授「AI戦略会議」座長の松尾豊とPKSHA Technology代表取締役の上野山勝也が現状認識を語る。
松尾豊(以下、松尾):この半年ほどで、生成AIに関しては「どうやって使えばいいか」「どう変わっていきそうか」などが相当見えてきました。研究も盛り上がっているし、どんどんサービスが生まれる状況は楽しいですね。
上野山勝也(以下、上野山):自分たちの会社でも20種類の「AIアシスタント」をつくりました。そのエージェントが社内のネットワークを動き回って対話し、社員がいろいろ試して何が起こるかというプロジェクトを続けています。
松尾:AI関連のスタートアップが起業する例も国内で増えていて、いいことだと思います(編集部注:東京大学発のスタートアップは過去10年でおよそ300社が創出、近年では本郷地区にAIスタートアップによるエコシステムが形成されている)。チャンスだらけでこんなに面白い時代はない。むしろ、やり切れなくて困るぐらい。
上野山:まさにそんな感覚ですね、無限に新規事業を思いつきますから。ただし、世間がもつ大きな誤解は、生成AIが最終成果物だと認識されていることです。「結果」ではなく、結果を劇的に変えるための「つなぐ道具」ととらえるべきです。
松尾:僕はある講演で「日本で今後数兆円ぐらい投資できる産業は、医療と金融と製造業ぐらい。そことAIを結び付ける必要があるし、うまくつなげられる可能性は十分ある」と話しました。その後、聞いていた人から「これからAIの新産業が現れると思っていましたが、自分たちの業界に関係あるとは。ようやく目が覚めました」と。生成AIはとっつきやすいから本当は誰でもやれるし、そこから大きな付加価値につなげていくこともできると思います。
経営者は「本丸」のステップ3を目指せ
上野山:企業の人に向けて、松尾さんはどんなことを言うのですか?松尾:ChatGPTがわかりやすいから、経営者にとっても「生成AIは親しみやすい」と伝えます。でも自分たちの業界がどう変わっていき、そのなかで自社がどう動いていくかにピンとこない人は多いです。最終的には、DXや業務改革の話につなげて「AIで組織を変える」「新しい付加価値をつくる」ところまでたどり着かなくてはいけない。経営者がちゃんとステップを進んでいけるかが大事です。
上野山:ゴールまでのいくつかの段階を指南するわけですね。
松尾:ステップ1は「ひとまずChatGPTを使ってみてください」。次が、組織内の文書を検索可能にして「会社の情報を踏まえてChatGPTが答えられるようにしましょう」という2番目の段階です。それを「なんとかGPT」というかたちで、「うちも生成AIをやっています」と宣伝する会社も増えていますね。
上野山:でも、本質的にはさらに踏み込んだ改革が必要になってくる。
松尾:もちろん、そこで終わってはダメです。3番目は、企業内で複数のアプリケーションをつくっていくステップです。場合によっては、独自のファインチューニングモデル、あるいはLLM(大規模言語モデル)をつくってもいいかもしれない。上野山さんがやられている「社内でAIエージェントが動き回っている」という例は、だいたいステップ2から3にかけての取り組みですよね。ステップ3になると従来のDXにおける開発やシステム開発に近いので、だいぶ規模が大きなプロジェクトになります。
上野山:それをやり遂げれば大きな業務効率化なり、新しい事業の構築なりにつなげられるでしょう。