2023年4月の黒田氏退任まで数カ月に迫ったころ、投資家たちはこう確信していた。黒田氏はきっと、日銀が抱える史上最高の保有資産の圧縮に着手するに違いないと。しかし、黒田氏は躊躇した。米連邦準備理事会(FRB)による利上げと、地政学的な緊張による動揺で、市場が急落するのではないかと危惧したのだ。
黒田前総裁は2022年12月20日、日米の金利差を縮小する目的で、わずかな修正を実施。長期金利(10年国債金利)の上限を0.5%に拡大した。これを受けて、世界市場はパニックを起こし、円相場が急騰。日本の国内金利は急上昇し、日経平均株価は下落した。
黒田前総裁ら日銀トップは戸惑った。そして続く数日間、予定になかった債権の大量買い入れを実施した。量的緩和政策が終わるのではないかと心配するトレーダーに対し、日銀流に「心配無用」というメッセージを送ったのだ。
そうした妥協は、新しく就任した植田総裁が、当時553兆円に膨らんでいた日銀バランスシートをすみやかに縮小するのではないかという期待を高めた。ところが、この期待も外れた。植田総裁がいま、日本をさらなる量的緩和のラビットホールへと引きずり込もうとしているのではないかと心配するのはもっともなことだ。
日銀は2023年になって、手を緩めるよりむしろ、記録的なペースで国債を買い入れている。ブルームバーグによると、日銀の2023年の買い入れ総額は124兆6000億円に達する見込みだ。これは、2022年比でおよそ12%増。最高値だった2016年比で4.5%増となる。2016年と言えば、日銀が初めて「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)」政策を導入した年だ。
このような買い入れはみな、本質的にはテクニカルなものにすぎないということもできるだろう。しかし、日銀がバランスシートに100億ドルを積み増すごとに、あと戻りはいっそう困難になる。日銀が出口を避ければ避けるほど、逃げ場を失うリスクは高くなっていく。