世界一の高齢化社会である日本は、年金制度を維持するためにも年金基金による投資が不可欠だ。そのためには、3つの課題を解決して自己資本利益率(ROE)を高める必要がある、と筆者は説く。
マクロ投資家のなかには、高齢化社会と構造的な財政赤字により、日本がいずれ財政破たんすると考える人たちがいる。なんとも暗あん澹たんたる気持ちにさせられるシナリオである。
しかし、別の見方もできる。日本の高齢化社会に付随する“コスト”のほとんどは政府が負担するものでも、現労働世代が負わされるものでもないのだ。負担するのは、公的年金基金や民間の年金基金であり、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)である。
この考え方に基づくと、日本の成人人口を、「自分の収入で生活する集団」と「年金基金のリターンで生活する集団」に分けられる。日本では、後者が全人口に占める割合が世界一高く、この割合は今後ますます高まる。
国内の債券市場がほぼ無利息の状況下で、日本の年金基金は外国証券や国内株式を購入せざるをえなくなっている。そうしなければ、年金として機能するだけのリターンを生み出せないからだ。そして、それが日本の企業に自己資本利益率(ROE)を高める圧力を与えてもいる。
また、識者の誰もが、ROEを高めていく必要があると考えるようになってきた。『ROE最貧国 日本を変える』(日本経済新聞出版社刊)が売れていることからも、日本人が、先進国最低のROEから脱したいことがわかる。しかし、将来を考えると「最貧国」を脱するだけでは足りない。世界一の高齢化社会である日本は、世界一高いROEを必要としているのだ。
ROEは、売上高当期純利益率(当期利益/売り上げ)、総資産回転率(売上高/総資産)、財務レバレッジ(総資本/自己資本)の3つの要因によって決まる。つまり、ROEは3つの要因のいずれかを改善するだけで大幅に向上する。
図1は投資銀行ゴールドマン・サックスが、前出の要因の見通しについて日米比較を行ったものだ。ここではアメリカを基準に、どうすれば日本がROEを改善できるのか考えてみたい。
日本のROEが低い理由とは?
日本の金融市場における資金の財務レバレッジは、じつはアメリカよりも少し高い。だが、相対的なROEに差を生み出すほどの違いではないし、資産回転率は日米でほぼ同じである。日本企業のROEが低いのは、売上高当期純利益率が低いからだ。同じ1円の売り上げに対して、アメリカの企業は日本の企業の倍の利益を得ている計算になる。これには、①デフレ、②株式の持ち合い、③やる気などの理由がある、と私は考えている。
①デフレ:企業が取引先に値下げを望むのは自然な流れだろう。すると、その企業も自社のサプライヤーに値引きを求める。これが川下まで続くことで、“値下げ”というトレンドが蔓延してしまうのだ。デフレは「値引き文化」と言い換えることもできるが、長期的に見ると、これが売上高当期純利益率に破滅的な影響を与えることになる。
日本銀行の黒田東彦総裁は、デフレが心理的な現象であることをよく理解している。そして、心理的な現象はショック療法なくして変えることが難しい。だから、黒田総裁は「バズーカ」を撃っているのだ。
円安による輸入インフレ、賃金上昇の流れ、そして日銀が発した2発のバズーカは、日本を値引き文化から値上げ文化へと変えつつあり、自然と売上高当期純利益率も上昇するはずだ。
②株式の持ち合い:図2は、「TOPIX1000(東証一部上場企業のうち、時価総額と流動性の高い1000銘柄で構成された指数)」を株式の持ち合い比率で4群に分けたものである。持ち合い比率が高いほど売上高営業利益率が低い、という非常に強い相関関係がみられる。持ち合い比率の高い企業群は、最も低い企業群の2分の1しか利益を上げていない。
安倍晋三政権は、この株式の持ち合いを減らすべく動き始めている。この取り組みの一部は、今秋の日本郵政上場に向けてメガバンクのPBR(株価純資産倍率)を上げておきたいという思惑によるもので、銀行を意識したものだ。銀行は持ち合い株を手放すことで、資本をより高い配当報酬の銘柄や買い戻しに充てることができる。そうすれば銀行のPBRも上昇し、日本郵政の売り出し価格も上がるからだ。
しかし、株式の持ち合い解消に向けた動きには、もっと構造的な取り組みもある。その一つが、2015年の税制改革だ。実効的な発言力を持つことのできる全株式の3分の1以下の株式しか保有しない株主への配当に対して大幅な増税が行われる予定である。また15年夏以降、企業は投資家に対して株式持ち合いの意義について株主への説明責任を負うことになる。
③やる気:年金運用受託者としての国の責任(年金基金は、年金生活者の暮らしを支えなければならない)や、民間企業の社会経済上の「機能」に対する社会の認識がアベノミクスの到来とともに変わり、一致しつつある。いまでは、ROEを高めることは、日本が置かれている状況に即した形に変化しているのだ。
アメリカでも人気上昇中の「こんまり先生」こと片付けコンサルタントの近藤麻理恵(左)。
彼女の「できます!」という積極的な姿勢こそが、いま日本の企業に求められている。
ROE改善は「できます!」
最近、“片付けコンサルタント”で知られる近藤麻理恵がアメリカでも大人気だ。筆者も妻とふたりで彼女の本を読み、家の大掃除に取りかかった。妻が私に家の大掃除を決意させたのは、こんまり先生名著と、彼女がいろいろな人の家を片付ける様子を映した動画である。印象的だったのは、芸能人のはなわの散らかったアパートを片づけた番組だ(部屋も鳥肌ものの汚さだったが、彼の母御は、息子に髪型を変えるように言ったほうがいい)。
はなわがこんまり先生に、自分のアパートを片付けて整理整頓された空間で暮らせるようになるかと尋ねると、彼女はいつものように「できます!」と答えた。私は、こんまり先生のこの姿勢が好きである。
日本のROEの足を引っ張ってきた3つの要素のうちの「デフレ」と「株式の持ち合い」は解消されようとしている。最後に残るのは「やる気」だけ。
ROEを改善すべく自社の製品群や事業構成を見直した日本企業が発しているメッセージは、こんまり先生と同じである。それは「できます!」という姿勢なのだ。