そういえば筆者を含め、客はほとんどスマートフォンを触っていなかった。皆無言でキーの動きを観察し、ドリンクの味と香りを楽しみ、そして感想を口にしあう。疑問があればキーに質問する。整った空間の中で、心地良い時間が流れていた。久しぶりに自分の感情と向き合えた時間であった。「アルコールがなくとも人生はこうした楽しみ方もできるんだよ」。店のそんなメッセージが感じられた。
一方で、キーは「アルコール社会が悪いものだとは思わない」と断言する。自分を育ててくれた業界への恩義もあるし、アルコールがコミュニケーションの潤滑油になるという実感もある。自分のパーパスを感じながら意思決定した結果、たまたまノンアルコールバーという結論にたどり着いただけということだ。
圧倒的なクオリティーで、持続可能なビジネスを
ここまで尖った店で、しかもノンアルコールで、持続可能なビジネスは実現できるのか。素朴な疑問をぶつけると、キーは「素晴らしい品質のドリンクとサービスを提供し、それが誰かや何かのためになるのであれば、いつの日か顧客はintangibleと出合う」と言い切った。圧倒的なクオリティーになるまでプロダクトとサービスを磨けば、持続可能なビジネスは手に入るという、彼の経験に基づく意見だ。筆者が日本から来たことを告げると、キーは「僕は日本が大好きなんだ」と笑顔を見せた。理由を尋ねるとこう説明してくれた。「日本人は旬の食材を使い、地元の農家を応援するというマインドセットを持っている。好きなことを仕事にするための情熱の注ぎ方や『こだわり』の精神も素晴らしい。日本から僕らが学ぶことは本当にたくさんあるし、世界の細部をより良くするものだと確信しているよ」
近年、国内外のメディアにおいて、日本に対する悲観的な論調が目立つ。しかし、キーが言うように日本には確かに世界にない美しい文化や精神がある。そして、「こだわり」をはじめとする日本の文化や精神は、持続可能なビジネスにつながるものでもある。もっと日本の良い部分にも目を向けなくては。異国の地で勇気をもらうとともに、そう思わされた。
(※2023年8月18日時点の1バーツ=4.11円で計算)